北海道 留萌、塩狩 2020/6/28-29

○2020/6/28日曜日
おはようございます。
外に出てみたら、今朝も雨。
朝一番の列車を撮影しました。
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朝食食べて歯磨きトイレ。
塩狩0735旭川行き普通列車に乗車できました。
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途中、牛が草を食んでいました。
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旭川。深川方面の普通列車は10時34分までありません。
旭川 にいてもしょうがないので、奮発して特急電車に乗りました。
深川で途中下車してみようと。
旭川0900発札幌行きライラック14号に乗車。
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深川 。屯田兵の街かも。
雨。街は静か。歩いている人は少ないです。
線路脇に稲荷神社がありました。
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留萌行き普通列車が出るまでに、あと1時間以上あります。
駅構内に気動車が2両。あとでわかりました。後ろの気動車が留萌行き。
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特急列車の計画運休がありました。
それでも函館本線を走る上り下り1本ずつ撮影できました。
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留萌本線の気動車に乗りました。
深川 1110発。
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気になる駅がいくつかありました。昔は栄えただろうと推測できるところがありました。
製材所がありました。
留萌川が近くなり、留萌 1207着。
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つい4年前までは、留萌より先、増毛まで運転されていました。2016年(平成28年)12月5日、留萌駅 - 増毛駅間が廃止されました。
もう線路はここまでです。
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雨が止みました。でも気温は低い。
歩き始めました。
増毛まで線路があった時の鉄橋がありました。赤さびていました。
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線路跡です。
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留萌港。天塩地方随一の良港として栄えた留萌港です。石炭や木材、海産物等の輸送のために、留萌本線ができた歴史があります。
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石造り倉庫。日本通運の倉庫でした。
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赤い灯台ですかね?
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歩いて、黄金岬を目指しました。
日本海です。
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道路標識に従い歩いたら大廻りになってしまいました。汗。
道路標識は車のためのですものね。冷や汗。
海に出ました!
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やっと黄金岬。
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さあ、丘を登って、留萌駅まで戻ります。
増毛までつながっていた線路。草が線路を覆っていました。廃線跡ですね。
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石造り倉庫が途中にありました。
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使われなくなった鉄橋に、かもめが止まったり飛んだり。
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留萌 1330発深川 行きに間に合いました。汗びっしょりです。
鉄道乗車の時間の制約で、有名な留萌の海鮮丼を食べることはできませんでした。
留萌から乗ったのは4人。
気になった駅です。
大和田駅。車掌車両を使った駅舎。
たぶん乗降客はほとんどいないと推測。
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恵比島駅。木造駅舎。
昔、あしもい(明日萌)駅だったと思います。
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深川1429着。
留萌本線応援のポスター。ここも存続危機に直面していると推測します。
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函館本線、深川 1514発旭川 行き普通電車に乗りました。深川と旭川の間は、トンネルが多いです。昔、普通列車しか乗れない切符で、横浜から根室を目指した時、ここのトンネル群で事故があり、札幌で開通なるのを待った記憶が蘇りました。
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旭川で、宗谷本線の塩狩駅に停まる列車まで約1時間ありました。北海道を鉄道で移動しようとすると、乗り換えに時間がかかります。
計画と忍耐が必要です。
駅構内にあるセブンイレブンのコーヒーを飲んで、ほっと一息。
名寄行き普通列車が入線しました。
車内から行き先表示板を変える作業員の仕事に、若い女性たちが注目。写真を撮っていました。
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塩狩1727着。
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雨が強くなってきました。
塩狩ヒュッテまで早足。
その前に、長野正雄氏殉職の碑にお参り。
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やっと戻って来ました。
シャワーを浴びて、落ち着きました。
夕食は、合田さんが作ってくれる美味しい料理。野菜がたくさん。
かぼちゃコロッケと思います。美味しくいただきました。
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夜7時のNHKニュースで、東京での新規感染者数が60と知りました。
手洗い、うがいをする。アルコール消毒する。きちんとやっていくしかないです。
この先、他府県への移動が自粛にならないように祈ります。

〇2020/6/29  月曜日
おはようございます。
今日も曇り。霧が発生しています。

起きれたので、一番列車撮影。
旭川行 。女子高校生が列車に乗って行きました。
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06:44発塩狩JR宗谷本線・稚内行
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朝食をいただき、ゆったり。
テレビ番組で、新型コロナ新規感染者数の増加を報道していました。
岩手県はまだゼロ。発生しないように、東京からの帰省をやめておくなど、苦労をしているのを知りました。

帰宅します。ヒュッテ出発。
塩狩駅付近で水位計設置の工事が進んでいました。
塩狩駅舎の南側が分水嶺と思います。
駅舎南側のせせらぎは、石狩国(旭川方面)の方に流れています。石狩川になると勝手に思っています。
駅舎の北側のせせらぎは反対方向、天塩国の方(名寄方面)に流れています。天塩川になると想像します。
北海道地震の時、ここのせせらぎの水で、お風呂を作ってくれた塩狩ヒュッテのお客様がおられました。感謝しかなかったです。
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塩狩駅08:39発JR快速なよろ2号で、旭川へ。
2020/3/14ダイヤ改正で、塩狩駅に停車することになった快速列車に初乗車。記念日になりました。気動車キハ40。
合田さんが見送ってくれました。
感染症対策バッチリ。食事美味しくいただきました。
お世話になりました!
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永山駅で、下り特急列車宗谷の待ち合わせがありました。
いつか、特急列車に乗って稚内まで行ってみたいです。宗谷岬、利尻島、礼文島があります。
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旭川から東京行きは、一日二便です。
JAL 13:15発とAIRDO13:25発の一便ずつ。
 6/30訂正:AIRDOは、19:30発の一便がありました。一日三便です。
羽田からの飛行機が到着しました。
これに乗って帰ります。
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雨ばかりの4日間。
この時期の北海道にとっては珍しいのではと思っています。
でも、緑豊かな、静かな空気に包まれていました。

ディーゼルエンジンの音を鳴り響きさせながら通過していく気動車。
エンジンの出力を上げるゴオーという音、また、駅に停車するために減速するときの音。なかなか良いです。
窓を開けて、風に吹かれる。心地好いです。
国鉄時代から走っている気動車キハ40はもうそろそろ引退の時期と推測します。キハ40、大好きです。
新たに投入される気動車は、ハイブリッド車と思います。
時代は進みます。

北海道 塩狩、比布 2020/6/26-27

北海道 塩狩、蘭留、留萌

先月5月に桜を見に行く予定をした塩狩峠に、出かけました。
塩狩ヒュッテユースホステルに三泊。
ここを拠点に、宗谷本線、函館本線、留萌本線の列車に乗ったり、2021年3月に廃止される無人駅を訪ねました。
季節は、「夏」ですが、寒かったです。雨続きでした。
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○2020/6/26 金曜日
おはようございます。
横浜。梅雨空の曇り。蒸し暑いです。
マスクして出発。
3月下旬以来、久しぶりに、横浜駅に出るバス、電車に乗りました。
横浜駅から京急。
仲木戸駅が京急東神奈川駅、羽田空港国際線ターミナル駅が第三ターミナル駅に名称変更されていました。

羽田空港。まだ欠航便が多いです。
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出発階に行くところ、間違って到着階に行くエスカレーターに乗ってしまいました。
エスカレーターを降りたら、行列が見えました。
何だろうと見ていると、ユニクロのマスク購入の列でした。お店が開くのがあと5分後の9時ということなので、私も列に並びました。検温を受けました。購入は1枚。Lサイズを購入できました。 6/30追加:一袋を購入できました。3枚入りでした。
出発階。がらんとしていました。
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JALのラウンジは、人との距離を取ることで、座席は飛び飛びで用意されていました。新聞は置いてありませんでした。

東京(羽田)JAL 553 10:35発、旭川12:15着。
JALは、一日一便ですが、まだ、搭乗客は少なめでした。
旭川到着。曇り。涼しい。
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続いて、AIR DO機が飛んできました。
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12:40旭川空港発連絡バスで、旭川駅13:20着。

イオンで昼食を購入し、旭川駅ホームに。
キハ40。上川行き。
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昭和54年製造です。富士重工・宇都宮工場で製造されています。頑張っています。
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乗車する13:59発、JR宗谷本線・音威子府行 が入線しました。
この春、臨時急行はなたびに使用しようとしたキハ40紫水号です。
阿房列車 内田百聞集成Ⅰという本に、
「汽車が近づいて来るのを見る位うれしい事はない。」という文章があります。同じ感覚です。
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車内は木を多く使っていました。
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途中駅は、
旭川四条駅。
新旭川駅。
駅ではありませんが、運転所。
乗務員交代や運転所に戻る人をおろすために、停車することがあります。
ラッセル車の先頭が行儀良く並んでいました。
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永山駅。
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北永山駅。
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南比布駅。2021/3廃止予定。
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比布駅。
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北比布。2021/3廃止予定。
蘭留駅。
列車は、塩狩峠を、ディーゼルエンジン音を上げて、地下強く登っていきました。
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塩狩14:44着。
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雨。塩狩駅から歩いて2分以内の塩狩ヒュッテに向かいました。
三浦綾子記念館。
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花。
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チェックイン。
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ウイルス対策のため、二人部屋の個室泊り。
アルコール液。ハンドソープ。ペーパータオル。紙コップ。
いろいろな人が集う、わいわいがやがやのユースホステル。でも、コロナ対策が必須。
ヒュッテユースホステルの合田さんのご配慮が嬉しかったです。
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荷物を置いて、線路脇に出てみました。あいにく、雨が降り続いています。
北海道は、梅雨がないと言われています。しかし、天気予報では雨が続くとなっています。寒い。最高気温が20℃を超えない。米や他の農作物の成長が気になりました。

塩狩1527通過 上り快速なよろ8。
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塩狩1540通過  下り快速なよろ3。 
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1623通過 上り 特急サロベツ4号を雨の中、待ちましたが来ません。後で気付きました。コロナ禍影響による運休対象列車でした。
塩狩停車上り1709。
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塩狩駅待合室に寄ってみました。
合田さんが、網戸がついた、入れ替えた展示写真のこれは高校生作品と説明してくれました。写真、上手です!
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保育園園児の塗り絵が飾ってありました。春の臨時急行はなたびのお客様にお渡しする予定でしたとお聞きしました。
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塩狩停車中の下り1726発。
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塩狩停車上り1810。
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夕食。ジンギスカン鍋。
和寒町へのふるさと納税返礼品も、同じジンギスカンを頼みました。好きです。
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日の入りは、19時過ぎ。
シャワー浴びてさっぱり。肌寒い。
合田さんが、薪ストーブに火を入れてくれました。
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新型コロナ禍対応、旅の仕方、農業等、お話しできました。
塩狩駅維持を応援します!
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線路は続くよ、どこまでも。
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明日は、留萌行きを一日遅らせて、お誘いいただいた苺狩りに行きます!
おやすみなさい。


○2020/6/27 土曜日
日の出が4時前です。
眼が覚めました。
おはようございます。
列車撮影に出かけました。
下り稚内行き。0645発。
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上り旭川行き。0645発。
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駆け込む高校生。
間にあってよかったです。
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朝食をいただきました。
ご飯おかわりしてしまいました。
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合田さんに誘われて、比布町の苺狩りに連れて行ってもらいました。
合田さんご家族と一緒。
晴れれば、大雪山が見える圃場。
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西本農園。多くの人が来場されていました。
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代表取締役社長。
農家の後継者がいるって良いです。
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路地栽培。品種は、「けんたろう」、「ゆきララ」。
太陽のエネルギーをもらった、路地栽培苺を食べるの本当に久しぶりです。
美味しかったです。
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苺は人を笑顔にさせてくれますね。合田さんのご子息。
ご子息次男さんは、テレビ局の取材を受けました。テレビに出たかな。
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合田さんが撮影され、Facebookに掲載された写真を拝借させていただきます。
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農園のお母さんとお話ししました。
苺は病期が怖い。とおっしゃっていました。

一度、塩狩ヒュッテに戻り落ち着いてから、塩狩10:56発旭川行き快速に乗りました。
旗を持っている作業員は、塩狩駅付近のせせらぎ小川への水位計設置工事の監視員です。
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苺狩りに行った比布で下車。
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駅舎カフェで、珈琲とあんぱん。
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カフェから見えるプラットフォーム。列車を見ながら珈琲が飲めるって良かったです。
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改装した時、樹木希林さんがお祝いに来てくださったと紹介されていました。
ピップエレキバンの広告のつながりと想像しました。こういう応援、つながり、いいですね!
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一駅戻る形になります。
北比布駅まで、歩きました。途中、下り列車に出会いました。
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比布は、稲作も盛ん。水が豊富です。鷺の仲間と思います。田圃で羽を休めていました。餌のカエルなどが豊富と思います。
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北比布駅。一日4本しか止まらない過疎駅です。秘境駅ではないです、道が近くにありました。
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北比布12:17発旭川行き普通列車に間に合いました。
私の他に一人乗客がいました。珍しいと思いました。この人も鉄道好きな方だな。
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永山で降りました。
待合室で荷物を整理していると、永山駅長さんに偶然出会いました。
「今日は非番の日でしたが出て来ました。」とのこと。
私から、
「春来れなかった。
塩狩駅を利用している。
明日は留萌を訪ねる。」
と、お話しすると、「永山駅の前は留萌駅勤務だった。」とお話ししてくれました。
永山での昼食お勧めをお聞きし、何軒か紹介いただきました。
ありがとうございます。
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永山は屯田兵の街。
前回、この交差点から向こうの駅(写真中央、小さい)まで200m以上、明治時代は行列をなして旭川行き列車に人が乗ったと聞きました。
鉄道が唯一の移動手段だったと思います。
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「よしの」という味噌ラーメンが美味しいお店に行きました。行列ができていました。
並んでから30分経って食べることができました。
濃い味噌でした。美味しかったです。
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お家の前庭に黄色の花が咲いていました。
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永山駅に戻ってくると、下り特急サロベツ1号が行き違い停車していました。
出発して行きました。
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音威子府行き普通列車に乗ろうと改札口を抜けると、駅事務室からお出でになったと思います永山駅長が声をかけてくれました。
「明日、留萌に行かれるとお聞きし資料を用意しました。」
永山駅の封筒に、留萌の街案内、昼食処の資料が入っていました。
ありがとうございます!
列車に乗り込みました。
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蘭留で下車。
北に位置する蘭留跨線橋まで歩き、待つこと40分近く。
塩狩峠を下ってきた快速なよろ8号です。
1両編成でした。
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蘭留で行き違い交換の下り快速なよろ3号が蘭留駅を出発しました。
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ディーゼルエンジンの音をあげて、
塩狩峠を登って行きました。
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撮影終了しました。

雨が少し強く降ってきました。
近くのバス停、北11線で一日7便の普通バス名寄行きを40分ぐらい待ちました。
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やっと来ました。バスには、お客様は誰もいませんでした。
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塩狩で下車。
和寒方面から、雨の中、自転車旅をしている人達がおられました。
挨拶すると、私より年配の方がたと思われました。雨なので、塩狩ヒュッテに今日午前に宿泊予約を入れたとお話しされました。雨のあたらないシートの下を自転車置き場所にされたらと案内しました。あとで聞きました。皆さん3人で、合計200歳以上ということでした。お元気!
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熱いシャワーがうれしい!
さっぱりしました。
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二日間の衣類を洗濯機に入れて、スイッチオン。
部屋から、列車撮影しました。
線路脇に塩狩ヒュッテがあります。

夕食をいただいた後、駅に行ってみました。
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夜汽車と塩狩駅。
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夜汽車と塩狩ヒュッテ。
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明日は、留萌行き。
雨だと思いますが、がんばります。
おやすみなさい。

千葉県の鉄道 2020/6/20

世界中でコロナ禍が流行し、感染治療、感染予防に多くの方々が尽力、努力をなされてきました。
ありがとうございます。
私は、3月下旬から在宅勤務。家にいました。
日本では、まだまだ終息までいきませんが、落ち着いてきたことから、昨日2020/6/19金曜日より、他県の移動がOKとなりました。
約三か月ぶりに、小さな旅をしました。
千葉県の鉄道を訪ねました。
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○2020/6/20 土曜日
04:30。おはようございます。
明日が夏至ということで、すでに明るいです。
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車で出かけました。
最近、家の近くの港北インターから、首都高速横羽線、湾岸線につながりました。
初めて通ってみました。
そして、この歳になって初めて東京湾アクアラインを通りました。
記念なので、海ほたるに寄ってみました。
早朝にもかかわらず、駐車場は半分くらい止まっていました。
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東京湾を行く貨物船。
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羽田空港に着陸するANA機。まだ、午前5時30分過ぎ。飛行機の回送ってあるんですかね。
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木更津金田ICを通過し、東京湾対岸である千葉県・木更津に初上陸!しました。
徳川四天王のひとり、幼い頃から徳川家康に仕えた本多忠勝を初代城主とする大多喜城に、最初向かいました。
関ヶ原において西軍が敗戦した際、それに与した真田昌幸・真田信繁(幸村)親子の助命を娘婿の真田信之と共に嘆願したことは有名。
大河ドラマでもこのシーンがあったと思います。
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道路に大手門。びっくり。
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隣に、旧国鉄の特定地方交通線の一つだった木原線を引き継いだ、いすみ鉄道の大多喜駅に出会いました。
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一両の気動車が止まっていました。
テールランプがついているので、大多喜始発0703の大原行きと思いました。
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運転士が出発前の点検をしていました。
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車庫に、二両の気動車。一両は、旧国鉄時代のキハ52でした。
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道を間違えて、高校の敷地に入ってしまいました。千葉県立大多喜高校。
ここに、城の大井戸がありました。
直径3mはある大きな井戸。当時は、16本のつるべで水を汲んでいたと書かれていました。
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見上げると、城がありました。
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城の反対側にあった、町の駐車場に駐車。
大多喜城祉。坂を登っていきました。
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ここにも、水関係の遺構。明治二年の工事。
掘ったんですね、この細い水道。水道の奥に明るいのが見えました。貫通していました。
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紫陽花が綺麗。
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空堀。急斜面にしてあります。登ってきた敵方は落ちると、下は石や樹なので大けがをする。空堀の方が水掘より危険だったと書かれていました。
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天守閣。三層。現在は、県立中央博物館大多喜城分館です。
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間違えて入ってしまった高校は、天守閣の下。それも平たい。武士たちの住居があったのかな、と想像しました。
二の丸は、反対側にありました。

降りてきて、ある程度大きな川がありました。養老渓谷につながっている川と思っていたら、向こうの川は養老川。
この夷隅川は、太平洋に注いでいました。
江戸時代、この川では、民が魚を取ることを禁止。江戸城参勤交代の折、桧の桶にこの川の鯉を入れて、持参したそうです。
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反対方向、川の向こうに鉄橋が見えました。
いすみ鉄道の鉄橋です。
大多喜発0727の上総中野行きが一両で鉄橋を渡っていきました。
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小湊鉄道の月崎(つきざき)駅に行ってみました。
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養老川流域田淵の地磁気逆転地層(千葉セクション)の最寄駅です。
鉄道好きではなさそうな、装備完備の人がいました。
結構歩くこと、長靴が必要のようなので、行くことはしませんでした。
この駅舎は、国登録有形文化財です。
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月崎駅08:06発上総中野行き列車、撮影。
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飯給(いたぶ)駅。トタン小屋の待合室。
小湊鉄道の説明:日本武尊(やまとたけるのみこと)が東国の蝦夷を鎮圧するため同地を通ったとき、住民から飯を献上されたところから名付けられたと伝えられています。
桜の季節は
綺麗と思いました。
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世界一大きい?トイレがありました。女性用。
当然入れません。
キャンピングカーで来ていたお父さんが説明してくれました。娘さんが入る時、中を見たようで、中にポツンとトイレが置かれているとのことでした。
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里見駅付近で、野を行く感じの里見駅08:58発五井行きを撮影しました。
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レールは細い。どこかカクッと曲がって見えませんか?
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東に移動して、JR久留里線の久留里駅に到着。
北に向かうと木更津に出ます。
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一両、新型の気動車が止まっていました。
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隣の敷地に、水汲み場がありました。久留里の名水。
地元の方々が、ものすごい数のペットボトルや水タンクを持ってきて水を汲んでいました。
冷たい。
呑んでみると、少し匂いがある。富士山系とか谷川岳系の水とは違う。
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久留里駅10:03着の下り列車。
二本のレールの間は、草で覆われていました。
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久留里駅10:06発の上り列車。乗客はわずかでした。
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今日は、無理をせず、これで終了にします。
JA直売所に寄って、野菜を購入して、帰宅しました。

日本の地方の鉄道、存続してほしいです。
次回は、乗りにきます。

甘楽、水上 2020/03/20-21

群馬県甘楽郡甘楽町、利根郡みなかみ町を訪ねました。
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〇2020/3/20金曜日
久しぶりに、小さな旅をします。
今日は、群馬県を訪ねます。
上越線で、蒸気機関車SLも走ります。

朝5時。
水にさしている葡萄の枝の様子をみて、出発。
葡萄は芽が出て、葉が開き始めています。

軽井沢に向かう碓氷峠の手前、富岡で高速道路を降りて、甘楽へ。
道の駅に、車を停めました。

この町は、織田信長の次男・信雄(のぶかつ)が、徳川家康から、大阪夏の陣の後で5万石を与えられたうちの2万石が小幡藩になったところです。
今日まで、全く知らずにいました。JR東日本の大人の休日俱楽部の雑誌を見て、行くことに決めました。
(説明文)小幡は元和元年(1615年)に織田氏の所領となり、以来約150年にわたって治められました。
写真は、町の地図。右が北。下が東。です。
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道の駅から、東に坂道を上り、昔からある道にでました。
小幡の信号機のところを左に曲がり、北に歩きました。
当時、このあたりは、町人区画。
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雄川堰(おがわせき)です。
道路の脇を流れています。きれいな水です。道の駅付近を流れている雄川の水を、町に引き込んでいます。
(説明文)甘楽町を南北に流れる雄川堰は、古くから住民の生活・農業用水、精米などの多目的に利用されてきた用水路で、日本名水100選にも選ばれています。
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桜の開花標本木がありました。
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織田家の守護神である小幡八幡宮を参拝。
小さな神社です。
(説明文)3代目信昌の時代に創建された神社で、例大祭には、屋台や神楽が町内を練り歩きます。
この屋台、京都や飛騨高山のような華麗さはありませんが、素朴な味わいがあると評判です。
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養蚕農家群の町並みです。
明治時代、創業した富岡製糸場も近いです。養蚕が盛んだったと思います。結構、豪邸です。
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引き返して、南に歩きました。
中間地点に、大手門の礎石。
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ここから、南側は武家区画。
右手に、甘楽町歴史民俗資料館のところに、「かかあ天下」の碑がありました。
意味は、「夫を従える強い妻」ではなく、妻が朝から晩までよく働くので、夫が『かかあ天下一』とほめたのが由来だそうです。
納得しました!
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左に折れて、畑の中を流れる雄川堰(おがわせき)に行ってみました。
ここから、南に歩いていきました。堰の水を汲む石段に対し、渡るのは一枚の板の小橋。絵になります。
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三番口取水口。写真では、右横に流れていくところが取水口。
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水は大事です。「水をかえないこと」の標識。「流れを変えないこと」の意味です。
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畑は、春。
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二番口取水口。
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一番口取水口。
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雄川堰(おがわせき)が幹とすると、水が枝のように横に分かれて、町の各区に流れて行ってました。
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飲んではいないと思いますが、奥さんがバケツで水を汲んでいる光景をみかけました。
この先に、大口といって、雄川から雄川堰に引き込むところがあります。遠いので、後で、車で行ってみます。
戻りました。

中小路。
藩主が通った道。道幅が14mと広い。織田宗家の格を表すようです。
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高橋家。
江戸時代の武家屋敷。
勘定奉行を務めた家。
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勤めの心構えを形に表した池:心字池の庭園。樹。がありました。
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現在も子孫の方がおられ、敷地内で事業を営んでいました。
高橋家のムクロジと御殿桜。
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織田家が7代続いたあとは松平家。
その大奥。
(説明文)大奥といっても2万石の小幡では、奥方と何人かの腰元だけでした。庭園は江戸後期に造られ、静の庭(流れのない池)と言われる大奥にふさわしい落ち着いた感じの庭園です。
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旧陣屋の石垣。当時のもののようです。
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その石垣の角が、「喰い違い郭(くるわ)」。
クランクです。二人がすれ違い出来るぐらいの大きさ。お城にあるような大きいものではありません。
(説明文)旧陣屋の中小路に面して造られた。戦の時の防衛上のために造られたとか。また、下級武士が上級武士に出会うのを避けるため隠れたともいわれています。
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道なりに進むと、大名庭園 名勝 楽山園にたどり着きました。
(説明文)織田信長の次男信雄がここに城下町を築く際に造られた庭園です。7年と数万両を投じて造られたという池泉回遊式の庭園は、当時の格調の高さが偲ばれます。
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九間長屋の復元があり、当時の長屋の感じを味わうことができました。
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ここに、織田信雄が、「羽柴秀吉には注意しなさい。」と書いた手紙がありました。
徳川・織田信雄は、羽柴秀吉と小牧・長久手の戦いをしています。
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雄川に出ました。
来てみてわかりました。雄川のほうが、町よりずっと低いのです。従い、町の付近では、町に雄川の水を引き込むことはできません。
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川沿いを道の駅まで歩きました。
桜。
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道の駅に戻り、休憩。下仁田ネギを購入しました。

道の駅に、江戸時代、山形で名主を務めた松井家を移築復元したものがありました。
(説明文)建築年代は江戸中期(18~19世紀初頭)とされ、この地方の代表的な農家造りの住宅として当時の生活の様子がうかがえます。
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車で、町の周辺に行ってみました。
松浦氏屋敷。小幡藩武家屋敷。池には、水が引き込まれていました。
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長厳寺(ちょうごんじ)。毘沙門を祭っている。
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崇福寺。
織田信長の系譜 織田宗家七代(初代信雄から七代信富まで)の墓がある寺です。
位牌堂。
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墓は、一列に並んでいました。修復中。
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最後、大口に行ってみました。
このあたりは、雄川は、まだ土地より低いのですが、樋のような構造物をつくり、雄川の水を引き込んでいました。ここが雄川堰の出発点。
写真では、下のほう、横に石造りのところ。上が雄川。
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これで小幡藩の甘楽の町歩きは終了。
歴史を感じ取りました。

沼田に移動。苺「やよいひめ」を購入。
後閑駅裏の山の中にある、みなかみ町営「三峰の湯」に行きました。
工事現場のような建物。これがいいんですね。源泉も少し熱め。内湯と露天風呂はガラス窓一枚の隔たりのみ。冬の林の景色を見ての入浴は気持ちよかったです。
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上越線の電車を撮影しました。
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蒸気機関車SLを撮影します。
小さな神社の前で待っている間に、マメ柴犬を連れたご年配にお会いしました。
親戚のお家の飼い犬に連れられて散歩していると。いいですね。
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この春、最初のSLです。機関車は、C61。
汽笛がグッときました。
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今晩の宿は、谷川岳ラズベリー ユースホステル。
ここより南は晴れ。北は曇りか雪。
谷川岳は凍っていますね。
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久しぶりの谷川岳が見える水上。記念撮影してもらいました。
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夕食。
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お風呂は、「湯テルメ」で温泉。
露天風呂にはいりながら、夜空を眺めるのって、良い気分でした。
戻って、お茶会。大人のお茶会。
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宿泊客のみなさまと談笑。
眠くなってきました。
おやすみなさい。

3/21土曜日の朝。おはようございます。
谷川岳が綺麗。
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ラズベリー ユースホステル。お世話になりました。朝食をいただいて、まっすぐ帰宅しました。
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塩狩 2020/2/27-29

塩狩 (北海道上川郡和寒町字塩狩)を訪ねました。
2/28金の「しおかりキャンドルナイト」に参加しました。
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○2020/2/27 木曜日
おはようございます。
旭川の北、塩狩を訪ねます。
午前6時。外が明るくなってきました。
家のゴミ出しをして出発。
横浜から京急で羽田空港に向かいました。空港直通の特急。
京急蒲田駅で進行方向が変わります。
運賃が少し安くなりました。
娘と待ち合わせです。
時間があるので、改札を出た先のたまごかけごはんの食堂で、たまごかけごはんを初めて食べました。
ごはん2杯。たまご2個。
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羽田空港。富士山が見えました。
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東京(羽田)10:30、旭川12:15行き、赤い翼に搭乗。
前に離陸する飛行機です。どこのだろう?
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東京の街。
昼間見ても大都会です。
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旭川空港到着。
気温は、マイナス8℃。
陽射しがあるのがありがたいです。
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旭川駅。お雛様すぐですね。
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旭川駅13:59発の音威子府行きに、昼食を買って乗車。
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塩狩駅に到着。
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塩狩ヒュッテユースホステルに荷物を置いてすぐ外へ。
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15:05、下りラッセル車が峠を登ってきました。
駅に入るとき、ほとんどない雪をかき分けてくれました。
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塩狩駅2番線に停車。
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参考:ラッセル下り
旭川14:10頃発→比布14:45頃発→塩狩15:10頃着/15:45頃発→和寒16:05頃着/16:20頃発→名寄17:30頃着→南稚内5:20頃着

1525 上り旭川行き快速列車なよろ8。塩狩駅通過。
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下り名寄行き快速列車なよろ3。塩狩駅通過。
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15:45、ラッセル車が塩狩駅を出ていきました。
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上り特急列車。もちろん塩狩駅通過。
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お風呂に入りました。
再度、外へ。
もう、マイナス10℃以下。
奈々子のために、キャンドルナイト用の氷ランタンに、キャンドル灯りをつけてくれました。点灯は、合田さんの息子さん、しん君。
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薪ストーブが嬉しい。
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夕食。
ご飯が美味しい。
合田さんが作った料理、美味しい。写真に加え、越冬キャベツのスープ。
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愛媛県北宇和郡の赤松さんに頼んだ苺(3月から資生堂パーラーで使われます。)が届いていました。あまおとめ、レッドパール。あかまつ農園は、レッドパールの栽培では一番歴史があります。
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しん君と、和寒町から大阪まで、鉄道で行くスケジュールを検討しました。
ウクレレを弾いてくれました。
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明日の和寒町の最低気温は、マイナス21℃か。
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おやすみなさい。

○2020/2/28 金曜日
おはようございます。
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気温は、マイナス13℃。
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駅待合室のガラスには、雪の結晶。
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東六線駅に行ってきます。
06:44[dep]塩狩
JR宗谷本線・稚内行 に乗車。
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06:58着、東六線駅。
高校生が2人、短いホームに立っていました。
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一日4本しか列車が止まらない駅です。
廃止候補に挙げられている駅です。ホームは、一両の半部の長さしかありません。
二両目の車両は、踏切の上です。
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木の枝は、凍り付いていました。
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07:11発、東六線、旭川行 で塩狩に戻りました。
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07:34塩狩。列車から見た塩狩ヒュッテユースホステル。
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ヒュッテの温かい朝食。美味しいです。
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上り0838に出ていく旭川行きの列車を撮影。
現在は、行き違いのために、ドアが開かない運転停車。
なんと3/14ダイヤ改正から、ドアが開きます。和寒町の熱意がかないました。
(時刻表3月号を買わなきゃ。)
朝食を食べて、歯磨き、トイレ。
それでも余裕を持って出発できます。
便利になります。
今は、旭川に出るには、07:35発に乗ります。その次は、10:56発まで待ちます。
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0839発下り。
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0922通過 下り特急列車の宗谷を撮影。
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塩狩10:56発旭川行きに乗りました。
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永山駅で降りました。
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永山駅長さんを訪ねました。
ホームで、ホームの雪かき、屋根の凍った雪落としをされていた方が駅長さんでした。作業服を着て、自ら作業。すばらしいです。
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3/14ダイヤ改正のお話をしたり、春の臨時急行列車の案内をいただきました。
急行は、今、定期では存在しません。急行の響きが懐かしいです。
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待合室には、幼稚園児の絵。
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明治時代のお話をしました。開業110年になります。
「北海道開拓村で、当時の駅前旅館の玄関の出口の上に時刻表が貼ってあり、それが永山駅だとわかった。」とお話すると、
駅長さんも、「昔、交通手段が鉄道しかない時代、駅前のまっすぐの道を指して、向こう200mまで列車に乗る人並んだということを教えてもらいました。」とお話してくれました。
永山は、屯田兵が開拓した場所です。
永山12:00発の列車で旭川に向かいました。
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永山駅長さん、駅長服で見送ってくれました。


旭川駅に、新型車両が試運転表示で止まっていました。写真右側。
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旭川で昼食。
イオンモールは、高校生で混雑していました。

羽田に戻る娘(お疲れさまでした。)と別れて、旭川13:59発の列車に乗りました。
比布14:26着。
比布駅北の一つ目の踏み切りと二つ目の踏み切りの間まで歩き、10分後に通過するだろう下りラッセル車を写真撮影しました。比布14:45頃通過と予想。
14:50に来ました。
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比布町役場前のバス停まで駆け足しました。比布14:55なのであと5分。
停留所の位置を探しながら必死。
14:56に到着。バスはまだ来ていない。
一本道の遠く向こうから、名寄行きバスがやって来ました。乗れました。
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今度は、峠を越して下りになっても、表示は蘭留。
おかしいと思っていると、塩狩バス停直前で、塩狩の案内。降りることができました。
塩狩ヒュッテまで、凍った国道を歩きました。
駅に、先ほど撮影したラッセル車が止まっていました。
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今日、2/28は、しおかりキャンドルナイト。
明治時代の鉄道事故で殉職された長野信夫(三浦綾子著小説「塩狩峠」では、永野信夫)さんのご冥福をお祈りします。
キャンドルを灯す氷ランタンを運ぶ、並べるお手伝いをしました。
キャンドルに点灯。
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和寒町役場から2人来られて、手伝いされていました。
準備終わったあと、お茶を入れて、お話しました。
和寒町の名産。かぼちゃ、トマト、キャベツ。雪の中で保存された越冬キャベツは甘い。
金八先生に出演された俳優さんも寄られました。
ご年配の方から、「昔、兄が国鉄に勤務し、手で車両の連結をつないでいく業務を担当していた。事故の時に連結が外れたときと同じ連結。事故が痛々しい。」というお話をお聞きすることができました。
牧師さんが来られて、お祈りが行われました。
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寒い!
月が綺麗。
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お風呂に入り温まりました。
夕食は、ジンギスカン。ジンギスカン鍋をともにした、紋別の方に、「今度、泊りにきなさい。シーツ持ってきてくれれば500円でいいよ。」と誘われました。オホーツク海、魅力大です。
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19時のNHKニュースで、北海道緊急事態宣言を知りました。
学校は休校。外出は控える。
明日、静かに横浜に戻ります。

何本かの通過した列車の運転手が汽笛を鳴らして通過していったとお聞きしました。
寒くて外に出れませんでした。

○2020/2/29 土曜日
まだ、5時前。
おはようございます。
上りラッセル車を撮影できます。
05:04通過していきました。
部屋から撮影しました。
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参考:上りラッセル車
南稚内8:00頃発→音威子府12:20頃発→名寄13:40頃着/4:30頃発→旭川6:30頃着

テレビを見ると、05:50の和寒町の気温はマイナス23℃。。
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06:20、駅に向かいました。
気温は、マイナス17.5℃。
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待合室に飾ってある写真を撮影。
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06:44発旭川行は、向こうのホームからです。駅内踏切を渡ってホームに。
後ろの桜は、氷結していました。
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列車が来ました。
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運転所で、運転士交代で、運転停車しました。駅でないところで停車するの珍しいです。
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石狩川も凍っていました。
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旭川駅は、朝早い、土曜日ということもあって、閑散していました。
旭川空港。折り返し便、赤い翼が到着しました。
北海道は、冬の季節、風が強いと、飛行機が降りられないことがあります。
その中で旭川空港は最も着陸率が良いです。
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今日は、乗客数はものすごく少ない。
北海道緊急事態宣言の影響かもしれません。

雪景色の大雪山。
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離陸。北海道の大地は広い。
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北海道を離れました。
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北海道、がんばろう!

北海道含めて、新型コロナウイルス対策が進むことを願って帰宅しました。
2020は、静かな激動の年です。
その時、その場で、的確な判断していきたいです。






皇居一般参観

東京駅から、皇居に向かって歩きました。
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正門石橋。
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正門。
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坂下門。
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桔梗門のところにたどり着きました。
案内の方が、外国人に「こちらの列に並ぶよう。」にと英語で説明しているので、お聞きすると、「皇居の中を歩く参観です。」と日本語でお答えくださいました。
「日本人もOKですか?」と問いに、「もちろんです。」。
列に並びました。
すぐに、ナンバーがついたストラップを渡され、桔梗門から中に入りました。

集合場所手前で、荷物検査があり、中に入ると大勢の人がいました。
団体客と思われる方々がいました。バスで来ている。事前にどこかの会社が予約をしている。というのが、話す内容でわかりました。
宮内庁のガイドは、英語、中国語、フランス語、日本語の4人の方がおられました。
日本語のガイドの方に、ついて回りました。

皇居は元江戸城。徳川幕府が各大名に築城を分担させました。
石垣に、薩摩島津家の家紋。丸十字。
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ここはどこの大名かな。
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富士見櫓。江戸城で残っているものとしては最も古いと説明がありました。三重櫓。
石垣の高さ15m。櫓の高さは16m。ここから殿様は富士を見ていた、と。
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宮内庁庁舎。
三階建て。
終戦後、三階は仮宮殿として使用しましたと説明がありました。
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宮殿東庭。
新年一般参賀のとき、日の丸を振って、お祝いする場所です。
2万人並ぶことができるそうです。
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宮殿。
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新年一般参賀のとき、天皇陛下、皇后陛下がお立ちになるところです。
地面からの高さは、3mぐらい。結構、目線は低いです。
一般参賀のとき、最前列に並ぶと、皇族の方々が目の前です。
テレビで見ていると、もっと高い位置に天皇陛下はお立ちになっていると思いました。現場に行くと事実がわかります。
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どこかで見た玄関。トランプ大統領を、天皇陛下、皇后陛下がお迎えした玄関でした。
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灯籠は有田焼。
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庭の山は、20種類以上の樹々で構成されていて、常に緑色になるようにしてあると説明がありました。
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英語グループです。
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正門鉄橋。二重橋です。
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ここを渡っていくと、外から見える正門、正門石橋が見えました。
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伏見櫓。京都・伏見城から移築されたと聞きました。
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山下通り。
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桜。
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椿。
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多くの鳥がいました。烏もいました。
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偶然でした。良い機会をいただきました。
お濠を見ながら、東京駅に向かいました。
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桂離宮 京都

桂離宮
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高校生時代から行きたいと思っていた桂離宮を見学できる機会を得ました。

見学をWEBから事前申し込んだところ、許可の返信がありました。
少し早く行きましたら、当日分空きがあり、早い時間帯の見学をさせていただきました。
一回に、見学者は20名までです。

入場まで時間があります。
前庭。見事な松の庭です。
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桂川を渡る阪急電車を撮影しました。
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桂離宮は、宮家の別荘として創建されたものです。
徳川幕府が開かれた時代とほぼ同じ時代(西暦1615年)に造営がおこなわれています。
日本を代表する茶室、庭園を今でもそのまま保全されていると聞いています。
世界の建築家からも非常に高い評価を得ています。
楽しみです。

宮内庁のガイドの方に従って見学をします。

離宮に入る引き戸。現代の、現実の世界と優美な世界を分ける扉です。
ここから中にはいりました。
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池が見えました。
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苔の緑の中に樹々が植わっています。
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写真の奥の門が表門です。天皇や上皇をお迎えする門です。
こちらに向かって御幸門まで50mの道でした。
中に入るにつれて広くなっている。遠近法。
表門をくぐった瞬間、視界が開けている、早く庭を見たい、という感覚になると説明がありました。
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御幸門。
茅葺のシンプルな門。ここから繊細で優美な世界です。
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御幸道。石を土に埋め込んでいるだけ。でも歩きやすい。
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造園業の方が、石を一つずつはめ込む道の端を修理されていました。写真を撮らさせていただきました。
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御幸道では、まだ池が見えないように樹を植えてある、お客様の期待を膨らませるためと説明がありました。
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外腰掛け。
御幸道の中ほどから左に曲がったところにある最初の建物です。
到着されたお客様が使うトイレがついています。
いつの世も、トイレは大事です。こういう配慮、配置、素晴らしいです。
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手水鉢が置かれていました。
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ここに座ってみると、御幸道から曲がって短い距離ですが、奥に行くにつれ大きな敷石が置かれていることに気づきました。
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腰掛の前は、薩摩島津家から贈られた蘇鉄。島津家から宮家に嫁いでおられる縁です。冬なので、寒さ除け。
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小さな石三つ。水はけの仕掛けだそうです。
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灯籠。
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松琴亭(しょうきんてい)が見えてきました。
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州浜。
岬と灯台に見立てていると説明がありました。
橋は天の橋立を見立てていると説明がありました。
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京の庭で、海を表現。
構想力が大事と思いました。
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一枚の石の橋。昔の皇族の方々も渡った橋。ここを渡りました。
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松琴亭(しょうきんてい)。
桂離宮で最も格式の高い茶室。
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市松模様の最初。現代に通じる模様です。インタビューのバックは、この模様が使われているのが多くなりましたね。
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竈。茶のあとに、食事をだされた。配慮ですね。
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これは、下が囲炉裏。上に食事を置いて冷めないようにした、と説明がありました。
もてなす人の暖をとる火鉢でもあったと思われます。
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眺め。
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賞花亭。
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歩くと椿。
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園林堂(おんりんどう)。
持仏堂です。以前は、位牌などが安置されていたそうです。
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土橋を渡ります。
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笑意軒。
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桂離宮の中を歩いたり、舟に乗ったりして移動していたことが想像できました。舟着き場からは石の階段がありました。
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庭の眺め。
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庭園の反対側は、農の風景。
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山の花。
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新御殿、楽器の間、中書院、古書院。
高床式。
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古書院の前に突き出した月見台。
桂は、月見で有名な地。
ここで、池に映る月も眺めたと説明がありました。
(宮内庁の方はここで実際に見られ確かめておられると推測しました。)
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月波楼(げっぱろう)。
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御幸道に戻ってきました。橋は、敢えてまっすぐにしていない、と説明がありました。
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最初に中に入ってきた木戸です。見学終了。素敵なものを見せていただきました。
ありがとうございました。
洗練された心づかいが表にでないで造られていた素敵な離宮でした。
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奥会津 只見線 2020/1/11土曜日

○2020/1/11 土曜日
夜、雨が降りました。
おはようございます。
よく眠りました。
日の出06;54、日の入り16:37です。

第一橋梁へ、下り 0723 上り0739の列車を撮影に出かけました。
山の中腹まで登ります。疲れました。
霧でなにも見えませんでした。
この霧の中を汽笛を鳴らして列車は通過していきました。
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宿に戻って朝食をいただきました。
宿の近く、会津宮下駅の近く、三島神社を訪ねました。
参道は、踏切のない只見線の線路を渡ります。
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落ち着く神社でした。
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帰り道、地元のお年寄りから声をかけられました。横浜ナンバーの車だよね。と。昨日から私の存在が分かっていたようです。
会津宮下の子供たちは、関東では横浜に住んでいるところから話しが始まり、
人口が宮下ダム建設時の7500人が今は1500人、
雪がないので猪が増えている、
原発事故で会津の山は荒れ、今年は雪がない、春は水不足になる、農作物の生育が心配、
今日昼に手打ちそばが観光交流館からんころんで食べられる、若いものが蕎麦を打つ、
屋根先の看板は屋号、姓より屋号でお互い呼んでた。
30分ぐらい話しました。
ありがとうございました。

屋号。
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道の駅 尾瀬街道みしま宿の下に位置する歳時記橋で、第二橋梁を通る列車を撮影しました。
会津宮下駅下り 0905の列車。
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上り0917の列車。
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なかなか良いです。

【温泉】早戸温泉 つるの湯に向かいました。
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只見川はゆったり流れていました。緑色。
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ここの湯は飲めます。
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湯量豊富な温泉。
温まりました。

当初予定の撮影地である奥会津シンフォニーロード エンド めがね橋、
かねやまふれあい広場を確認し、会津宮下に戻りました。
いろいろな場所で、只見線撮影の人がいました。
これが宮下ダムです。
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只見川に面した集落です。
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観光交流館からんころんに行きました。
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入った瞬間、横浜の方ですよね。と言われました。
朝、お話したお年寄りが午前中コーヒーを飲みに来て、私のことを言って帰えていったとのことでした。
このお年寄りは、地元の中心、長老でした。
今朝打った手打ちそば、美味しい!豆腐も。
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今日は、出汁を取った鰹節を佃煮にしてお土産として渡す日だそうで、私もいただきました。ありがとうございました。

会津宮下の三島神社境内から、上り列車を撮影しました。会津宮下駅上り1242。
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第一橋梁、再トライです。
車を置いた道の駅では、第一橋梁方面をバックに記念撮影をされていたカップルがいました。
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会津宮下駅下り 1431 を撮影します。
台湾の人達かな、外国人に人気です。
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晴れ。列車は第一橋梁にさしかかると速度を落とし、汽笛を鳴らしていました。
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西方の集落を通過し、第二橋梁を渡っていきました。
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【温泉】老人ホーム ひだまり館で、温泉に入りました。
半透明の黄土色。
なにも加熱していない生の温泉。熱い。ひ孫がいる地元のおじいさんが、水を入れていいよ。と言ってくれました。
湯船の中で、気候変動、生活、資本主義、政治のことを話してくれました。
先は短いとおっしゃるが、おじいさんはひ孫の代になったらどうなるか先を見ておられました。ありがとうございました。
政治家とか官僚とかの政策を考える方々に聞いてもらいたかったです。

アーチ橋兄(橋)弟で、会津宮下駅上り1554 を撮影しました。
日本でここだけらしいです。アーチ橋が3つ一緒に見れるところは。
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多くの人が集まっていました。大型ワゴンで訪れた人たちでした。

観光交流館からんころんで、甘酒をいただきました。200円で飲ませていただきました。
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宿泊は、奥会津のんびり館で連泊です。
雨が降ってきました。

○2020/1/12日曜日
おはようございます。
昨夜も雨が降りました。
今朝も霧が発生しています。

第二橋梁に向かい、朝の撮影をしました。
会津西方駅。下り0725列車。
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第二橋梁を渡る、会津西方上り0737列車。
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宿に戻りました。
宿の前の家は、三島町移住体験住宅でした。
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朝食のとき、宿のお母さんが、移住者がでてきていますよ。とお話をしてくれました。
また、高校生のときは、只見線の列車で会津坂下まで通学していた。霧が出ると運休の時があり、学校は欠席扱いならず休めました。と、只見線のお話を聞かせてくれました。

帰宅。途中、列車に出会いました。
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会津磐梯山を見ることができました。
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只見線完全復旧後は、各市町村が運営費を負担しながら、列車の運行を支えるとのことです。
地元の方々の熱意が、鉄道を支えています。

奥会津 只見線 2020/1/10 金曜日

奥会津 只見線

冬の奥会津を訪ねました。
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私は、JR東日本・只見線の応援団メンバー(福島県生活交通課)になっています。
只見線は、福島県会津若松から新潟県・小出を結んでいます。
現在、会津川口と只見の間が線路が、台風の被害で途切れています。代行バスが走っています。
その只見線を見に行ってきました。
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○2020/1/10  金曜日
03:00起床。
湯を持って、03:30出発しました。
圏央道、東北道のルートです。
圏央道が事故渋滞。トレーラー2台の追突事故。
1時間ほどロスしました。

途中道なので、白河に寄ってみました。白河小峰城跡に到着。
戊辰戦争 白河口の戦い。
激戦が何度か行われ、少数の官軍が勝って地域を確保したところです。
(説明)
白河口の戦い(しらかわぐちのたたかい)は、戊辰戦争における戦いの1つ。戊辰戦争の戦局に大きな影響を与えた。
仙台藩・米沢藩などを主力とした列藩同盟軍は、会津藩・庄内藩と提携し新政府と敵対する軍事同盟成立に際して白河城を攻撃し、新政府軍から白河城を奪い取った。
ここに戊辰戦争の東北地域での戦闘(東北戦争)が勃発した。
しかし新政府軍は約700名程度で、列藩同盟側約2500名の駐屯していた白河城を奪還した。
同盟軍は白河を経由した関東への進軍を意図して約4500名まで増援を行い、7回にわたって攻撃したが、新政府軍は劣勢な兵数で白河城を守りきった。
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脇本陣柳屋。
旧奥州街道。宿場町でもありました。明治天皇が来られたことが残っていました。
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カギ型の道。城下町の道がそのまま現代の道として使われています。
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白河から大内宿に出ました。
途中から、雪の道となりましたが、量は少ない。山も雪が少ない。
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大内宿周辺も雪が少なかったです。
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昔、冬になると通行止めになった道が、今年は通れると聞きました。
ダム湖。
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会津盆地を通って、柳津町に入ってきました。
道路に雪がありませんでした。
びっくりしました。
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柳津は、縄文時代の村があったと展示館で見ることができました。
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会津柳津駅。昔、ここも蒸気機関車が走っていました。
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昼食は、高遠そば。写真の真ん中下の白い、辛み大根おろしに付けて食べます。醤油とか鰹節とかの出汁はありません。水そばの文化がある地域です。美味しくいただきました。
漬物の大根も美味しい。
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小池菓子舗に行きました。
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デザートは、粟(あわ)まんじゅうと栗(くり)まんじゅう。そして、大根の漬物。
蒸かしたてのまんじゅう。良いです。
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会津柳津駅から会津川口寄り。
線路脇の小さな稲荷神社。
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会津柳津駅上り1307列車。
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第二橋梁。会津西方駅下り1425。
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【温泉】宮下温泉 栄光館に行ってみました。
お風呂の前は、只見川に流れる支流。
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少し離れて只見川が見えました。
湧き出る熱い湯が気持ちよかったです。(誰も入浴していなかったので撮影しました。)
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第二橋梁の近くで。
夕方の只見川。
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会津西方駅上り1557列車です。
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宿泊する奥会津のんびり館に到着。
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夕方散歩。役場の前に赤城清水。
この清水の前のお家の奥様から、「美味しいですよ。飲んでください。」
ペットボトルに汲んで飲んでみました。美味しい!
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家の屋根先に屋号らしき表示板。
明日、撮影します。

会津宮下駅下り1821 で会津川口まで列車に乗ります。上り1936到着の最終列車で戻ってきます。
切符を買いました。
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駅のホーム。月が出ていました。
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列車がきました。
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車内に乗客は少しでした。
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車両は、キハ40。製造から40年経っています。新型車両に置き換える話がでていました。
会津川口駅到着。
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駅前には、只見駅までの代行バスが乗客を待っていました。
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さあ、戻ります。
女子高生が列車に乗ります。
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車内は高校生が10人ぐらい乗っていました。
会津宮下駅到着。
雨。街はひっそり。
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帰ってから、夕食をいただきました。
食事会している地元の方から、鳥もつ煮の差し入れをいただきました。
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檜の風呂に入りました。
久しぶりでした。
温まりました。

歯磨きして、布団に直行。
おやすみなさい。

東北 鉄道旅 続きの続き  2019/12/08

2019/12/8日曜日

おはようございます。
昨夜、一時、雨がものすごく降りました。
今朝は曇りのようです。
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津軽五所川原08:10発 津軽鉄道・津軽中里行に乗ります。
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切符は硬券でした。
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気動車。
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五能校前駅。情緒ありました。
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津軽平野を北に走ります。
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金木08:31着。
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ホームにタブレットがありました。
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上り列車がきました。行き違い交換。棒のようなものがやり取りされていました。
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金木駅。
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人通りのない静かな町です。
冷たい風がこたえました。

「太宰治記念館・斜陽館」
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解説文です。
「太宰治記念館・斜陽館」は1907年(明治40年)に津島家六代の源右衛門が当時、経営中の金融業の店舗を兼ねた住宅として日本三大美林のヒバ(檜葉)を用いて建設された入母屋造りの建物です。
一階に11室、二階に8室といった構造で、延床面積は約1300平方メートル(約394坪)。さらに付属する建物や庭園なども含めると約2248平方メートル(約680坪)にもなります。
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金庫。
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長い廊下。
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洋間もありました。
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金の襖がありました。
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見事な襖絵。
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太宰治の母親の部屋は豪華。
父親の部屋は質実剛健の感じを受けました。
太宰治の母親の部屋は主人の部屋よりきらびやかでした。
“大豪邸”でした。

気になったのは、津島修治(太宰治の本名)を育てた叔母の言葉です。
「器量が悪いので、愛想よくしないといけない。病弱なので、明るくしないといけない。」
こういうふうに諭してくれる人が周囲にいることって大事と思いました。
少し、太宰治のこと調べてみようと思いました。

「津軽三味線会館」
時間の関係で生演奏を聴くことはできませんでした。ビデオで聴きました。
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昭和の歌手、三橋美智也が、三味線の系統に書かれていました。民謡の方と思っていました。
生前のコートとかゴルフバッグが陳列されていましたが、何を意味するのかわかりませんでした。
三味線の展示品はなぜか撮影禁止。

「太宰治疎開の家・旧津島家新座敷」。
中には入りませんでした。
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近くのお寺では、集まりがあるようでした。
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金木 11:06発の列車に乗ります。
ストーブが付いた客車を牽引する「ストーブ列車」です。
Viewの団体客で狭い改札口はいっぱいです。
前回ストーブ列車には乗っているので、連結されている普通の気動車に乗りました。
先頭はディーゼル機関車です。
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下りの気動車と行き違いです。
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五所川原に到着。先頭のディーゼル機関車。
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JR駅で、リゾートしらかみの指定席を聞きましたが、満席でした。
冬の季節でも人気です。

ストーブ列車が発車する時刻が近いです。
駅に近い所で、鉄道撮影。
出発の汽笛が響きました。
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立ねぶたの館に行きました。
ねぶたのイメージが変わりました。
ここ五所川原のねぶたは、ビルの高さにして4階の高さがありました。
毎年一つずつ作っていくそうです。
五所川原の人の意気を感じました。
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下から。
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上から。
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青森県では、各地にねぶた祭りがあることを知りました。
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吉幾三コレクションミュージアムがありました。
値段が高いので、入りませんでした。
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昼食は、路地を入った小さな蕎麦屋さんで。正解でした。地元常連客が食べに来ていました。
かけそばの上に、揚げ出し豆腐を勧められました。
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中まで赤いリンゴの木がある所へ行ってみました。
正確な場所がわからず、家から出てきたおばあちゃんにお聞きしました。
表通りに植わっている木々がリンゴの木と教えてくれました。
おばあちゃんの解説です。
「コンクリート道路の脇に植えられているので、根が張らない。木が大きくならない。心配。」
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近くに大きな商家がありました。
婿養子に入り、分家独立して、財をなした商家と理解しました。
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駅までの帰り道、あまり見かけなくなったスズメが元気よく動いていました。
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JR五能線の改札で、陸橋を渡ると、津軽鉄道のストーブ列車が入ってきました。
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機関車の付け替えです。
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14:32発 五所川原 JR五能線・弘前行
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川部に15:07着。五能線から青森方向に行く乗客はここで、弘前方面からの電車を待ちます。
奥羽本線上りを四季島が通過して行きました。
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待ち合わせ時間があるので、駅舎に行ってみました。
気温は、3℃。
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弘前行きの気動車が出ていきました。出ていったあと、保線員が線路に降りました。
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15:38発 川部JR奥羽本線・青森行
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新青森に16:11着。
16:38発 JR新幹線はやぶさ32号。
近代的感覚です。
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18:29[arr] 仙台。
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仙台が暖かく感じました。
そして大都会です。
もうすぐクリスマスですね。
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2019/12/9月曜日
早く眼が覚めました。
おはようございます。
出勤、通学に混ざって、仙台駅に向かいました。
予定より早い新幹線で東京に向かいました。
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まだまだ知らない土地がたくさんあります。地理、歴史。
得になるということはないと思いますが、豊かな気持ちになります。
またどこか訪ねてみます。

東北 鉄道旅 続き  2019/12/07

2019/12/7 土曜日

おはようございます。
午前5時起床。
まだ真っ暗。
凍り付いた道を歩き、青森駅に向かいました。
駅前では雪かきが行われていました。
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スーツケースをコインロッカーに入れて、ホームへ。
青森駅は還暦。現在の駅舎のことと思います。
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青い森鉄道の電車が朝早い青森駅に入線。
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青森06:15[dep]JR津軽線・蟹田行に乗車。
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北上。津軽線は北海道からの貨物列車が通る大事なルートであることがわかりました。貨物列車とすれ違いました。
明るくなってきました。
右手に陸奥湾が見えました。
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蟹田 (かにた)06:58着。
07:07発 JR津軽線・三厩(みんまや)行  キハ48に乗り換えました。乗客は私一人。
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在来線の貨物列車が、北海道新幹線の線路から分岐するところ。
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漁港が見えました。
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07:46[arr]三厩。
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1日に5本しか列車の来ない、津軽半島の最果ての駅。辺り一面には原っぱが広がっていました。
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竜飛崎まですぐそこまでという所まで来たようです。
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12月7日は二十四節気の大雪、七十二候で12月7日~10日は閉塞成冬(そらさむくふゆとなる)というのだそうです。
冬が本格的に訪れるころと理解しました。
08:16[dep]三厩 JR津軽線・蟹田行。
青森に行く人が乗ってきました。
青森方向に海が見えました。
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陽が差した陸奥湾。
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ここが、貨物線が北海道新幹線に入るところ。再度撮影。
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蟹田08:56着
09:13発 蟹田JR津軽線・青森行 左側の電車に乗り換えました。
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向こうは、下北半島と思います。
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09:50 青森着。
駅内陸橋から、昔の青函連絡船が見えました。
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国指定特別史跡 三内丸山遺跡に行きます。
10:00 バス ≪青森市営バス≫ と思っていましたら、土曜日日曜日は09:56発。冷や汗。

国指定特別史跡 三内丸山遺跡。
解説文です。
三内丸山遺跡は、江戸時代から知られている有名な遺跡です。
平成4年(1992年)から始まった発掘調査では、縄文時代前期~中期(紀元前約3,900~2,200年 現在から約5,900~4,200年前)の大規模な集落跡が見つかり、たくさんの竪穴建物跡や掘立柱建物跡、盛土、大人や子供の墓などのほか、多量の土器や石器、貴重な木製品、骨角製品などが出土しました。
平成9年(1997年)3月には国史跡に指定され、さらに平成12年(2000年)11月には特別史跡に、平成15年(2003年)5月には出土品1958点が重要文化財に指定されました。
青森県では縄文時代の「ムラ」を体験できる場所として、三内丸山遺跡の保存・整備・活用をこれからも進めていきます。


後記:本を読んでいてわかったことです。
この遺跡のすごさは、人々が狩猟、採集をしながら移動していたと思われていた縄文時代のイメージを覆したことにあるようです。
こんな大きな集落が、約5500年前から4000年前まで存在し、定住していたということです。
森は、食料や水が豊かであったと推測できます。

展示室の案内役のお嬢様から展示品を説明いただきました。
山内丸山遺跡は、紀元前BC3500-2000。
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栗の大木で作られた柱。
水に浸かっていたのが腐食から木を守ってくれたそうです。
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現代の人が輪切りにしてみたそうです。
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縦紐と横紐で編んだ袋。現在の袋でもこういう作り方があります。
後記:調べました。
「縄文ポシェット」と呼ばれています。
針葉樹の樹皮を編んで作られているとのことです。
森が広がっていたと推測します。
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土器。
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こんなのはグラタン皿と思ってしまいました。
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鏃。
黒曜石は、北海道から渡ってきたと、説明がありました。
交易が行なわれていたのかと思います。
翡翠は糸魚川産だし。
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水晶の矢じり。祭祀用と説明がありました。
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針。
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土偶。全て女性だそうです。
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翡翠。緑色のものは貴重だったと説明がありました。
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外には、集落の復元。
櫓。
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大きな建物。集会所ですね。
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高床式住居。
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土を盛ったあと。
ゴミを捨てていた場所と説明文にありました。
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私は、石の見極め、加工、壺作り、家を建てることなど、縄文時代の人がやったことを何一つやった経験がありません。
4000年前の縄文時代の生活が進んでいたことに驚きと感心です。
ムラ全体です。
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11:30の観光用循環バスで青森駅へ。
途中、函館行きフェリー乗り場を通過しました。これに乗ると北海道に渡れる!
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昼食を買って、青森12:42[dep]JR特急つがる4号・秋田行 . に乗車。  
隣駅の新青森までは特急券不要です。
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右手に岩木山が綺麗に見えました。
進行方向左側に座ったので、写真は望遠で。
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こちらは、八甲田山の方向です。
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13:29[arr]大鰐温泉に到着。
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足湯が設けられていました。
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開湯800年の温泉。
ナトリウム・カルシウム-塩化物・硫酸塩泉。源泉温度60度から80度。
地図からは、町には公共浴場が三つあります。
道の駅の湯に入りました。駅から近い。
源泉温度が50℃以上。気持ち良い温泉でした。
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入浴後、休憩室でゆっくりしていると、外国語が聞こえてきました。
後ろを振り返ると地元のおばあちゃん達の会話でした。外国語のイントネーション。言葉はほとんどわかりませんでした。雰囲気はわかりました。
こんな本あるんですね。
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16:00[dep]大鰐温泉JR奥羽本線・弘前行 .
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16:12[arr]弘前。温泉で気持ちよくなったせいか電車に乗ったら、ぼーっとしたのでしょう。リュックサックを網棚に忘れてエスカレーターに乗ってしまいました。
戻って、確保。焦りました。
弘前駅に、洋館の模型がありました。海外とのつながりが深いです。
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弘前16:30発 JR五能線・深浦行 .
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途中行き違い。雨。
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17:20[arr]五所川原。
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真っ暗。道は氷が溶けたのでしょう。びしょびしょ。

ホテル内に温泉がありました。
温まりました!
夕食はホテル内レストランで、津軽御膳を食べました。
カニの身を擦ったのを煮て玉子とじにする鍋でした。
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朝早かったので、今日も早めの就寝です。ブラタモリ「花巻編」を見ながら。宮沢賢治、楽しいです。鉄道マニア。花巻に狭い幅の電車が走っていた!
おやすみなさい。

東北 鉄道旅 2019/12/06

東北 鉄道旅
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大人の休日俱楽部パス(東日本)を使用して鉄道旅をしました。
青森県を訪ねました。
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2019/12/6金
おはようございます。
通勤する時と同じいつもの時刻に起床。
野菜と果物の朝食を食べて出発。
東京駅。八戸での乗り換え時間を考えて、昼食の駅弁を購入。
我が家定番の崎陽軒のシウマイ弁当。崎陽軒では、「しゅうまい」でなく「シウマイ」と呼んでいます。
早くも、少しお腹がすいてきました。
乗ってから食べるおにぎりを買いました。笑。
東京09:08発 JR新幹線はやぶさ9号・新青森行 に乗車。
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仙台を過ぎると雪景色。
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盛岡は晴れ。
仙台と盛岡の間が雪が多かったです。
八戸12:01着。

近代的な駅。
青い森鉄道に乗ります。
八戸12:10発 青い森鉄道快速しもきた・大湊行 。結構たくさんの人が乗りました。空いている席は進行方向左側。
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解説文です。
八戸の中心街の地名には、三日町や八日町といった八戸城下の市日のついた名称が多く見られます。
周辺の農村・漁村から運ばれた野菜や魚介が路上で商われ、にぎわいを見せていた市日の名残が、現在も市内各地で行われている朝市の元になったと言われています。

八戸という地名。戸は何を意味しているか調べよう。
後記:調べました。「鎌倉時代、南部氏が土地を開拓して、北方警備を兼ねて、馬牧場と戸(家)を置いた。1番から9番まで。」(日本の地名 雑学辞典)
   戸というのは、警護のための小さな拠点と捉えました。
 
気動車のディーゼルエンジンの音を聞きながら、しうまい弁当を食べる。
鉄道旅です!
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ここは元東北本線。
45年前、北海道に行くのに、上野から特急「はつかり」で夕方青森に着いたのを思い出しました。
雪景色。
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12:57[direct]野辺地。そのまま、JR大湊線・大湊行。

下北半島を陸奥湾に沿って北上。左手に海が見えました。
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向こうは津軽半島と思います。
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陸奥横浜という駅がありました。ここも、横に長い浜があるんでしょう。
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列車は、ひたすら北上します。
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終点、大湊駅が見えてきました。
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13:59[arr]大湊。
大湊駅は下北半島を走る大湊線の終着駅。線路はここで途絶えていました。
奥にちょこっと見えるのは釜臥山。
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大湊のこと調べました。
会津藩主であり京都守護職だった松平容保(かたもり)は、戊辰戦争で新政府軍に徹底抗戦したため、明治元年(1868)に23万石の所領を没収されて蟄居の身となった。翌明治2年に赦免されたものの、嫡子・容大(かたはる)が陸奥の北郡・三戸郡・二戸郡内にわずか3万石を与えられて斗南藩を立藩した。つまり、斗南藩というのは明治になって生まれた藩である。
明治3年4月から旧藩士らが移住を開始したが、寒冷地の過酷な自然条件の中で苦しい生活を強いられた。
その後、明治4年(1871年)7月14日の廃藩置県で斗南県となり、さらに9月に青森県に編入され、わずか2年足らずで斗南藩は消滅した。

このこと知りませんでした。

戻りの列車は、すぐ発車の14:07発。
この次は17時台までありません。
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海に潜水艦が停泊していました。
津軽海峡を守っていると思います。
残念ながら撮影チャンスを逃しました。

一つ先の下北駅が本州最北の駅です。
たくさんの人が乗ってきました。
途中の駅。使われなくなったホームは、草だらけでした。
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海が荒れてきました。
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おじいさんが窓の外をじっと眺めていました。
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列車は、雪降る中を走ります。
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野辺地15:08着。乗り換えです。
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北前船の一大寄港地として栄えた野辺地町。
調べると、
平成26年に復元北前型弁才船「みちのく丸」は譲渡されました。
現在は常夜燈公園横に陸揚げされており、常夜燈と並んだ昔なつかしい風景を鑑賞することができます。
常夜塔は駅前にもありました。
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日本で最初の鉄道防雪林がありました。
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15:33発 野辺地  青い森鉄道・青森行に乗車。
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15:56着 浅虫温泉 で途中下車しました。

駅から歩いてすぐの所に道の駅。温泉があります。
透明な湯。温泉の泉質:カルシウム・ナトリウム-硫酸塩・塩化物泉(低張性中性高温泉)。
温まりました。
目の前は海。
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浅虫温泉駅に、ねぶたを歌った俳句。望郷。
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青森からの折り返し、浅虫温泉16:56発。
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アテンダントさんがいました。業務のお話を伺いました。
お客様の切符販売、案内、高校生の定期券確認を行うのだそうです。
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もうすっかり真っ暗。緯度が高い分、日没は関東より早いです。
次の駅から多くの高校生が乗ってきました。
また次の駅からも。制服から見て、2校あるようです。
電車の運転席。最近の電車は、コンピュータで制御されていますね。
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17:28着 青森。

長尾中華そば青森駅前店に行ってみました。
こく煮干し 手揉み麺 を注文しました。煮干し出しのラーメンは食べる機会は少ないです。人によっては好き嫌いが出るかなぁ。
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青森駅前の道路は凍結。氷が溶けている所、つるつる滑る所があり、歩くのに力がいります。

少し頭が痛いです。
ホテルにチェックインして、お風呂。
薬を飲んで早めに寝ました。
おやすみなさい。

長野 2019/11/23、山梨 2019/11/24

りんご、ぶどう栽培の旅です。
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○2019/11/23土曜日
おはようございます。
今回は車で移動します。
午前3時起床しました。お湯を持って03:30出発。

信越道に入り、軽井沢ICの先、下り車線を使った対面通行になっていました。
台風の被害で、山側の上り車線が通行止めでした。

いつもの休憩場所、佐久平PA。
やっと日の出ですが、今朝は曇り。
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松代PA。山は、紅葉でした。
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いつもお世話になっている今井の共選所は、台風被害で水に浸かり、今年はりんご販売できないと、事前に電話をかけた時、言われました。
そこで、地元の人に教わりながら、台風被害にあったもののりんご販売をおこなう豊能地区の共選所に行きました。
テレビのニュースで報道された、水に浸かったJR東日本 長野新幹線車両基地の近くです。
千曲川流域です。
今年収穫されたりんごです。
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この共選所では、今年は、贈答品の取り扱いはありませんでした。
葉摘みが完全にできず、黄色の部分が残っているりんごがありました。仕方ないです。
美味しいりんごを購入できただけありがたいです。
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北しなの線です。元国鉄の信越本線。急行「妙高」、特急「あさま」で直江津まで乗った区間です。
黒姫駅に行ってみました。
昔の駅前旅館が残っていました。
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黒姫駅を出発した直江津方面の下り電車です。
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たぶん妙高山と思います。これから、登り坂です。
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集合場所の宿泊するペンションの手前で、山が綺麗に見えました。晴れてきました。
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ペンション「黒姫高原 ふふはり亭」。森の中にある木造りのペンションです。
オーナーの土屋達郎さんは、北軽井沢つながりの仲間によると、北軽井沢つながりだそうです。今年の春にペンションをオープン。初めてお目にかかります。
一年前、みんなで信州中野から建物を見に来ました。
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土屋さんガイドで、苗名滝(なえなたき)を見にいくハイキングツアーです。
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落ち葉を見て、樹の種類を分類しています。
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ほこり茸。押すと、ほこりが飛びました。
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樹。
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ナウマン象の化石が出土した野尻湖が見えました。
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土屋さんのお話では、この道は、元森林鉄道が通っていたところ。
確かに、幅、勾配を見ると、森林鉄道が通れるように道ができていました。
枕木が残っていました。
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石を積んだ橋がありました。
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水力発電のパイプです。
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黒姫山。頂上が雲に隠れていました。スキーのコースがくっきり。冬は賑わうと思います。
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地雷也洞窟。
義賊が住んでいたと伝説のある洞窟。
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関川の支流にでました。
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黒姫山が火山であることを表す石群。
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黒姫山の溶岩が流れ冷えて固まった地層がはっきりと見えました。
樹が生えていない白っぽいところです。
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苗名滝が見えてきました。
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新潟県と長野県の境にある滝です。
黒姫山からの安山岩溶岩が関川をせき止めたことでつくられた滝で、水量が豊富で轟音を響かせながら落ちる滝でした。
水がずっと溶岩を削っています。
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関川は、魚が上流に昇っていく水路を設けた川でした。
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約7km、3時間歩きました。
事前に終点に車を用意してくれたおかげで、帰りは宿までのんびりと戻りました。
温泉は、杉野原温泉。

夕食。これに、鶏のグリル焼きがつきました。おなかいっぱいになりました。
お吸い物がありがたい。お代わりさせてもらいました。
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夜は、仲間と楽しいお話をしながら過ごしました。
土屋さんは、南極観測越冬隊の経験者。南極の氷を出してくれました。
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数万年前に、南極に降った雪が空気を閉じ込めてできた氷が、ウイスキーグラスの中で、ぱちぱちと音を立てていました。氷が解けるときに空気がはじけているそうです。
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この季節恒例のマサさんの誕生日お祝い。おめでとうございます!
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○2019/11/24 日曜日
落ち着いた部屋、しっかりしたベッド、清潔な寝具で。枕の高さもぴったり。
ぐっすり眠りました。
おはようございます。
朝食です。
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テーブルには、もみじの葉を水に浮かべてありました。粋です。
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今日は、山梨県塩山の奥野田ワイナリーでの葡萄栽培勉強の最終日です。
皆さんより一足早く、宿をでました。
土屋さんが送ってくれました。
次回は、土屋さんの南極のお話を伺います!
めったにないです。

信越道、中央道を走りました。
北アルプスの山は、雪化粧です。
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塩山には、11:30着。
来年のために、延び切った枝を切りました。
まず、自分の樹から。来年、どの枝を使うか、おおよそ見極めました。
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切り取った枝の山。ここから、自宅でぶどうを育てる人は枝を選んでいました。
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昼食は、バーベキュー+ワイン呑み。
栽培クラブの皆さん、楽しんでおられました。
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隣の雨宮さんのおばあちゃんの家には、さざんかが咲いていました。
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2020年、気候が不順でないことを期待します。
温暖化対策、少しでも実践します。

東京散歩 ご案内

山口県山陽小野田市厚狭にお住まいの安重様を東京散歩にご案内しました。

六義園。
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日大パレード。
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神田明神。
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湯島聖堂。
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お茶の水 丸の内線。
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ニコライ堂。
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GRA直営店イチビコ代々木上原店。
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東京駅。
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Tokyo Bench。
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銀座中央通り。
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三越日本橋本店。山口県厚狭市の永山酒造の社長様と。
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船:横浜の社会インフラ

横浜の社会インフラ

2021/10/30 水曜日
大桟橋に、客船「ダイヤモンド・プリンセス」が入港しましたので、横浜の原点を見に行ってきました。
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桜木町駅。明治5年の新橋-横浜(現在の桜木町駅)の鉄道開通の一つの起点です。
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ラグビー開催のモニュメントが駅前にありました。
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帆船・日本丸。
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三菱重工業・横浜造船所で使っていた空気圧縮機。大きい。
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汽車道。
小さなころ、ここを貨物列車が通っていました。
横浜港の山下ふ頭、新港ふ頭からの荷物が高島機関区の方向に運ばれていったり、運ばれてきたと思います。
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ランドマークタワー。
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クイーンズタワー。
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ここを抜けると、新港埠頭。
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新港埠頭。昔、貨物専用ふ頭。
小さなころは、立ち入り禁止の場所。
家の近く西前町から横浜市営バスに乗ると、バスは、伊勢佐木町、馬車道を通り、ここで右に曲がって山下公園に向かっていました。
ここに入れると、大さん橋が見れるのになと期待しておりました。
期待してから50年。明日10/31木曜日に、客船ターミナル「横浜ハンマーヘッド」として開設されます。
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11/4月曜日、客船「ダイヤモンド・プリンセス」が、この桟橋に接岸すると思います。
その日、「飛鳥Ⅱ」が大桟橋に接岸します。
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客船「ダイヤモンド・プリンセス」です。
大きいです。
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赤レンガ倉庫のふ頭には、海上保安庁の巡視船が停泊していました。
日本の海を守ってくれています。
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赤レンガ倉庫。明治政府が造った保税倉庫。
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そこには、貨物列車が入ってきたプラットフォームが残っていました。
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ここが、象の鼻。
横浜港の原点です。最初、ここに船が着きました。
小さな入り江といった大きさです。
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水陸両用のバスが、海に入り、「ダイヤモンド・プリンセス」のほうに移動していきました。
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ここにも鉄道の遺構。
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横浜税関。
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神奈川県庁 本館。
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英国領事館跡、現在、開港記念館。
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日米和親修好通商条約締結の場所。
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ここは、大桟橋の付け根にある、昔からある北欧料理のレストラン。
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英国一番館跡。英国人が最初に住居を構えたところです。
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山下公園から大桟橋を眺めてみました。
山下公園は、大正12年の関東大震災のがれきを利用して造られた公園です。
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太極拳をやっているグループがいました。
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横浜市民の愛する「ニューグランドホテル」。
ここに宿泊して、大桟橋から船に乗って海外に向かっています。
赤い靴。
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第二次世界大戦後、マッカーサー元帥が本拠地にしたホテルです。
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マリンタワー。
小さいころ昇ったきりです。
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山下公園の道は、銀杏の樹が植わっています。
黄葉はもう少し先です!
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横浜は、港から栄えた街です。
大切にしていきます。

鉄道:横浜の社会インフラ

横浜の鉄道の歴史を確認するため、現場に行ってみました。
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推測のところがあります。

○国鉄-JR
1872年(明治 5 年)9月12 日、新橋-横浜間の 29km に日本初の鉄道が開通しました。①
新暦では 1872 年(明治 5 年)10月14日です。現在、鉄道記念日になっています。
横浜は、現在の桜木町駅です。

途中、品川駅、川崎駅、そして神奈川駅がありました。
神奈川駅は、現在の横浜駅の北側、京急の神奈川駅付近と思います。
東海道五十三次の宿場(神奈川宿)として栄えたところです。
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1877年(明治 10 年)に勃発した西南戦争では、新橋から横浜へ兵士や武器が鉄道でピストン輸送されました。
鉄道は、軍事的にも重要なインフラとなっていきました。

1889年(明治 22 年)7月1 日、東海道本線が神戸まで全通しました。 ②
この時、横浜駅(現在の桜木町駅)は、頭端式ホームになっていました。
新橋駅からの列車は、スイッチバック運転を強いられました。
横浜駅(現在の桜木町駅)から北に向かい、現在の高島町付近で西に曲がっています。
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最初の東海道線のルートは、現在のルートではありません。
北に位置する東海道線と南側の国道1号線の間に、石崎川があります。
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その石崎川と国道1号線の間に、小学生の時、国鉄の官舎が細長い場所に横一列に立っていました。
どうもそこが、最初の東海道線のルートです。戸部警察署の後ろを通って保土ヶ谷駅までまっすぐたどると、久保町の踏切付近で現在の東海道線ルートにぶつかります。
今も、マンション群が横一列に立っています。写真の右側の列です。
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5年後1894年(明治27年)に日清戦争が勃発します。
横浜駅(現在の桜木町駅)経由では軍需輸送に支障が出るという陸軍の要請により、神奈川 - 程ヶ谷(後の保土ヶ谷)間に短絡線が設けられました。これが、現在の東海道線のルートと思われます。③
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直通貨物列車に関してはこの短絡線を経由するようになりました。
更に1898年(明治31年)になると、この短絡線は複線化され、急行列車を中心に旅客列車の運行も行われるようになりました。
しかしそれでは横浜駅(現在の桜木町駅)を通過してしまうため、横浜市民の便を図ってこの短絡線を走る列車に連絡するために、下り列車に接続して神奈川 - 横浜間、上り列車に接続して、程ヶ谷-横浜間に連絡列車が運行されました。
現在の新函館北斗駅が函館駅の北側に設けれら、函館までの「はこだてライナー」を走らせるのと同じですね。
短絡線上に平沼駅が設置される1901年(明治34年)までの、約3年間続けられました。

平沼駅は、現在の相鉄線、平沼橋駅付近と思います。④
急行列車が何本か停車したそうです。
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八王子や信州地方からの生糸・織物製品を円滑に輸送すべく、1908年(明治41年)に横浜鉄道によって今の横浜線が開業すると、
神奈川駅の1km強東に東神奈川駅が設置されました。神奈川駅の意義は次第に低下するようになりました。

短絡線上の平沼駅へは、横浜駅(現在の桜木町駅)から行く手段がない。不便。
そこで、1915年(大正4年)、二代目横浜駅が、現在の高島町付近に建てられました。こちらは、市電も通っていて便利。⑤
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遺構が残っていました。
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大正12年の関東大震災で、倒壊。二代目横浜駅は廃止されました。

三代目の現在の横浜駅が、1928年(昭和3年)に開業。⑥
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神奈川駅は新しい横浜駅から約1kmしか離れていないという事情もあって、開業56年目にして廃止に至りました。
この時点で、現在のJR線の形が出来上がっていると推測しました。


○京浜急行
横浜駅と戸部駅の間に、「平沼駅」がありました。父から、「駅があったんだ。」と教えられていました。
最寄り駅が戸部駅だったので、横浜駅に行くときは、いつも廃墟になったホームらしきものがあるのを理解していました。
今日行って改めて確認しました。
平沼商店街の入り口左側に、駅跡がありました。右側は、蕎麦さん「角平(かどへい)」のところ。
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ホーム跡。
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○東急
東横線に、「神奈川駅」があったのだそうです。
横浜駅と反町駅の間、京急・神奈川駅の西側の高台の下に。
高島トンネルの入り口の手前がその場所でした。
結構急こう配。廃止前の東横線は、横浜駅から高架でここまできていたと推測しています。
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東横線の「高島町駅」。みなとみらい線の開通で廃止になりました。
この駅は便利でした。渋谷からの電車が深夜1時を過ぎてもありました。
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桜木町まで伸びていた東横線。
脇の歩道の上が、屋根になって、桜木町まで続いています。
東横線複線化したとき、歩道に飛び出して上に鉄道敷地を設けたようです。
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この歳で、横浜駅周辺の鉄道の歴史を少し知ることができました。

北海道・函館 2019/9/8-9

○2019/9/8 Sun
おはようございます。
今日は晴れ。
風は爽やか。
今日は、函館に出ます。
朝の気動車を撮影しました。
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塩狩峠記念撮影。
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朝食を食べて出発。
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お世話になりました。
秋に向かっています。
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塩狩発07:35旭川行きで旭川に出ました。
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乗り換え時間わずかの旭川発08:30カムイ12号札幌行きに乗り換えました。
これに乗ると、札幌からスーパー北斗10号札幌発10:44、函館14:27着に乗れます。
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札幌では時間がありましたので駅の外に出てみました。北大側。青空。
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さあ、函館まで3時間43分、特急に乗ります。車内販売は中止となっています。東京有名ブランドのパンを買って特急に乗りました。
長万部は、ニセコのほうに行く函館本線です。皆さん、山線と呼んでいます。北海道新幹線が札幌まで延びる時はこの山線沿線に線路が敷かれます。
長万部から函館まであと1時間。
もっと短いと思っていました。記憶は頼りないです。
函館にだいぶ近づいてきました。
森駅。海が近いです。
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函館に到着。
ビジネスホテルにチェックイン。
荷物を置いて、観光客になりました。
函館市電バス一日券を購入。
市電に乗って、谷地頭へ。谷地頭は終点。
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温泉は確か住宅地を抜けていくとあるはず。
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ありました。立派。こんなに大きかったかな。
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温泉は、鉄分を多く含むナトリウム‐塩化物泉、泉温:65.1℃ 。
黄土色の湯です。
元市営、現在民営です。石鹸シャンプーは置いてありませんでしたが、地元住民はいいですね。こんな素敵な温泉が家のそばにあるんですから。
地元のおじさんが教えてくれました。建物の脇に、男性のシンボルを祀る小屋がありました。お詣りしてきました。
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折り返しの市電で函館駅に戻りました。
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夕食は海鮮丼。
函館山に行くので、早めの夕食です。

函館山までは、函館駅から山頂行きのバスを利用しました。400円。
17:00のバスに乗って行き、函館山には17:30到着。もうたくさんの人でした。
市街地を見下ろせる場所はいっぱいの人。
まず、夕陽を眺めました。
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座るところがあったので、そこで暗くなるのを待ちました。
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フェリーが入港してくるのが見えました。
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ANA機が函館空港に降りていくのが見えました。
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どんどん人がきました。溢れていました。
夜景(夕景)。前の人にお願いして撮影させてもらいました。
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海の夜(夕)景。
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早めに、帰りのバスに乗りました。
ロープウェイは30分待ちと放送がありましたので。
夜の市街地は静かでした。車の数が少ないです。タクシーが時々通る感じ。
車の少ない街を市電が颯爽と走っていました。
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テレビで、台風が関東地方に来ると聞き、荷物を整理して早めに眠りました。

○2019/9/9 Mon
午前5時。おはようございます。
テレビの電源を入れました。
台風15号が三浦半島、千葉に上陸のニュースが流れていました。
電車が運休?なのか改札口が閉鎖しているのを映像で確認しました。

05:30、早めに駅に行きました。
北海道新幹線の一番列車はやぶさ10号の指定席を入手できるか、みどりの窓口に並びました。北海道内を旅行する人もいて、多くの人が並んでいました。
電光掲示板では、最初×でしたが、△になりました。1席分けてもらえました。

函館06:07発はこだてライナー・新函館北斗行に乗車。
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新函館北斗で、はやぶさ10号・東京行
に乗ることができました。
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盛岡付近は強い雨でした。
小山付近の外の様子です。
雨は振っていません。
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尾久機関区。もうすぐ上野です。
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東京11:04着。
東海道線ホームに上がる階段にはロープが張られていました。
京浜東北線が動いていました。大船行きに乗れました。
蒲田まで来ると、蒲田始発電車が先に出るというアナウンス。
乗り換えました。

横浜駅は大混雑でした。
東海道線、横須賀線が動いていません。
相鉄線が動いていません。
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横浜駅から家の近くまで行く急行バスに乗ろうと思い、乗り場にいきました。ここも長い列ができていました。
相鉄線が動いていないので、バス、車で、横浜駅に向かってくる人、横浜駅から向かう人でごった返していました。
国道16号線を歩いている人も多くみかけました。
無事、家にたどり着くことができ、落ち着きました。
旅は、家を出てから帰るまで、気が抜けないものがあります。まさに、今回も実感しました。

塩狩ヒュッテユースホステルの合田さん、お世話になりました。
お会いできた方々、ありがとうございました。
また、塩狩、伺います!

北海道・塩狩 2019/9/6-7

9/6,7塩狩、8函館の、横浜からの鉄道旅します。
青函トンネルを新幹線で通るのは初めてです。
JR東日本の大人の休日倶楽部の切符を利用します。
塩狩ヒュッテユースホステルに宿泊します。
発生した台風が日本に近づかないと良いです。
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○2019/9/6 Fri
午前4時、起床。
相鉄線鶴ヶ峰駅まで歩きました。
まだ暗いです。
鶴ヶ峰駅のシャッターはまだ開いていませんでした。
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鶴ヶ峰 始発電車05:02に乗車。
混んでいました。
横浜駅で東海道本線 05:25に乗り換え。
東京駅05:52着。
一度外に出ました。
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朝食用のおにぎりを買って、新幹線ホームへ。入線しました。
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東京発 06:32はやぶさ1号 に乗車。
終点、新函館北斗まで乗ります。
大宮から満席状態です。
盛岡過ぎても多くの乗客がいました。
シニア(お年寄り)新幹線でした。
青函トンネルは、3本のレールが敷かれていました。在来線も通れます。現在は貨物列車が通ります。
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新函館北斗 10:53着。

北海道内の列車は車内販売がありません。改札口を出て、すぐにお弁当を買いました。後ろを見ると、たくさんの人でした。
在来線ホーム。
函館に行く人、札幌方面に向かう人でごった返していました。

反対側ホームに、近代的なところに、長万部からの普通列車。
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スーパー北斗9号が到着。 
新函館北斗 11:09発に乗車。指定席を持っていて良かったです。
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大沼公園。
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内浦湾。
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苫小牧。
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札幌 14:41到着。
旭川に向かいます。
ライラック23号 札幌15:00発に乗車。
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雨が降ってきました。        
旭川で、宗谷本線普通列車に乗り換え。旭川16:38発。
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塩狩 に17:26に到着。
家を出てから13時間。
やっと、着きました! 
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塩狩ヒュッテユースホステルの合田さんの息子さん、しんくんが駅まで迎えに来てくれました。
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チェックイン。
胆振東部地震、北海道大停電からちょうど1年。偶然にも今晩宿泊します。
その1年前、避難させていただきました。
その時のお客様がおられました。
地震当日夕方、五右衛門風呂を作ってくれました。ありがたかったです!
夕飯は、ジンギスカン。しんくんも一緒に。
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雨が強くなってきましたが、塩狩駅の待合室に、合田康代さんが進めてきた写真を見に行きました。
ここの待合室に、ひざ掛けを置きます。
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しんくんが、ママが写っているのがあると教えてくれました。
お客様を見送る写真でした。
良い写真です。
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旭川行きの普通列車がきました。
塩狩駅に停車の夜汽車。
駅構内の踏切が上がり、通過した気動車の後ろから撮影しました。
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夜、しんくんがウクレレを弾いてくれました。
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朝早かったので、そろそろ寝ます。
雨音と列車の音を聞きながら眠りにつきました。

○2019/9/7 Sat
おはようございます。
朝の小さな列車旅します。
三浦綾子記念館。静寂。
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紅葉。
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一目千本桜の碑。来年もエゾヤマザクラが見事に咲きますように。
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塩狩06:44の稚内行きで二駅先の東六線へ行ってきます。
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東六線駅。一種の秘境駅です。
一日4本しか列車は止まりません。
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旭川行き列車で塩狩に戻りました。
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朝食。ご飯が美味しい!
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08:13発、臨時「風っこそうや」を見に、たくさんの人(と言っても数十人)が塩狩駅に集まってきました。
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合田康代さんと一緒に手を振って見送りしました。

一度塩狩ヒュッテに戻って、支度をして駅に向かいました。
合田康代さんから、永山駅長を紹介していただきました。
いろいろお話をさせていただき、次回、永山駅を訪問してみようと思います。
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駅で、出発メンバー記念撮影。
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塩狩08:39発名寄行 。
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永山駅長さん、塩狩ヒュッテホステル合田康代さん、宿泊客が、見送ってくれました!
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和寒で降りました。
「風っこそうや」が止まっていて、和寒町あげてのおもてなしをしていました。
和寒町長さんも、ミニトマトを乗客の皆様に配っていました。
ご挨拶しました。ミニトマトを私にも配ってくれました。美味しい!
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駅の外の建物に販売コーナーが用意されていました。覗いてみました。
トウキビとミニトマトを購入しました。
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「風っこそうや」の運転士と話すことができました。若手の気動車運転士です。頑張ってください。
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撮影のあとすぐに、和寒町役場の人と一緒に、和寒町横断幕を持って、「風っこそうや」を見送りました。
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和寒09:28発 特急宗谷・稚内行 に乗車。一車輌しかない自由席は満席で座れませんでした。
士別、名寄でも座れませんでした。

美深(びふか)で下車しました。
日本一の赤字路線であった美幸(びこう)線の展示がありました。
1964年開業、1985年に廃止となっています。美深からオホーツク海まで線路を敷設する計画が、途中まで線路を敷設して中断。廃線。
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観光案内所のおばさんに、トロッコ列車の場所を聞くと、20km離れていることがわかりました。
でも、一日4便しかないオンデマンドバスで行って帰ってこれることを教わり行くことにしました。バスを予約してもらいました。
オンデマンドバスは、550円。

トロッコ王国。
美幸線の線路を使って、小さなエンジンを積んだトロッコです。
往復10km。
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出発地点は、旧仁宇布駅です。
コスモスが咲いていました。
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6台続けて出発しました。私は最後のトロッコ。自分でアクセルを踏みます。
おっと、キツネが線路を渡って行きました。
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昔の線路風景と同じと想像します。
ポイントを通過しました。
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緑が綺麗でした。
風が爽やかでした。
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鉄橋を渡りました。柵はありませんでした。
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川の流れ。
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昔の踏切跡。ここでは、車、人が優先です。
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帰ってくるところは、線路をループにしてありました。ループにすべてのトロッコが入ると、係員がポイントを切り替えてくれます。
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先を行くトロッコです。
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戻ってきて、昼食。豚丼。
昼食を食べることができて良かったです。
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オンデマンドバスが出るまで時間がありました。
トロッコ王国の受お付のおばさんがインスタントコーヒーをごちそうしてくれました。そんなに寒くはありませんでしたが、ストーブを焚いていました。

北海道新聞の記事を読みました。
胆振東部地震から1年。
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JR北海道が、キハ40を改造して観光列車2輌を作成。ふだんは、定期列車で使う。
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オンデマンドバスで美深駅まで送ってもらいました。
当初、稚内から予定した特急サロベツ4号・旭川行 に乗れました。良かったです。乗れないと夜まで待つことになります。
自由席はほぼ満席。
座ることはできました。
普通列車に乗るために名寄で降りました。
混んでいるので、明日の旭川から札幌までの特急電車の指定席を予約しました。
名寄16:15発旭川行普通列車に乗り換えました。
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塩狩駅17:08に到着。

今日も、塩狩ヒュッテユースホステルに宿泊します。
熱いお風呂が嬉しいです。
さっぱりしました。
夕食。これに、おろしハンバーグがついています。合田さんのお嬢さま(小学校高学年か中学生)が、お料理作り、盛り付けに、一生懸命お手伝いされていました。感謝です。
サッポロビールクラシックと。
美味しくいただきました。
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夕食後は、お客様の中で北海道の鉄道に詳しい方がおられ、路線、車輌を説明してくれました。
夜汽車。今は、夜気動車。
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早めにベッドに入りました。

山口県厚狭 訪問 2019/7/26-28

2018年、下関で開催された山口県活性化イベントでお知り合いになった、山口県厚狭の安重(やすしげ)賢治さん、美穂さんのお家を訪問しました。
山口を案内いただきました。

〇2019/7/26  金曜日
おはようございます。
夏らしい気候になりました。
家の近くのバス停5:32のバスで鴨居駅に出て、羽田空港に向かいました。

JAL291 羽田0755発 山口宇部 0925着の便です。
幹線便でないこともあり、バスで飛行機に向かいました。
駐機場から夏の富士山が見えました。

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山口宇部空港に安重さんが迎えに来てくれました。ありがたいです。

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宇部港。宇部興産。

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ご自宅に荷物を置かせていただき、山口の名所訪問に連れて行っていただきました。
玄関に素敵な掛け軸がありました。

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・元乃隅稲成神社
(解説)
山口県長門市油谷にある「元乃隅稲成(もとのすみのいなり)神社」は、昭和30年に島根県にある「太鼓谷稲成神社」が派生し建てられた、本州最西北の稲荷神社です。
日本には全国で3万社以上の稲荷神社がありますが、この「稲成」という漢字が使われている神社は太鼓谷稲成とこの元乃隅稲成神社だけです。
「成」の字は、〝成就〟に由来していて、様々な願いが叶うといった意味が込められているのだとか。

賽銭箱が地上6mの高さの鳥居の横柱に置いてあります。3度目で、賽銭が入りました。OK!
周りの方に褒められました。

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赤色の鳥居が海に向かって続いていました。

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日本海が綺麗。

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昼食を食べに行きました。
・カントリーキッチン  長門市
(解説)標高333mの千畳敷にある素敵なカフェ。
〒759-4402 山口県長門市日置中5462
TEL 0837-37-3824


岬の先に位置するカフェの感じ。

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お薦めのハンバーグを注文しました。

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千畳敷で記念撮影。
安重さんです。さすがエンターテイナーです。

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・角島大橋 に行きました。
絵になる橋です。海が綺麗。

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・角島灯台 に連れて行っていただきました。
明治時代に作られた石造りの灯台です。
上まで登りました。100段。
地上30mから日本海を行く船に灯りを届けています。30km沖合いまで灯りが届くそうです。

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お風呂に行きました。
・ホテル楊貴館 
油谷湾温泉 ホテル楊貴館
〒759-4505
山口県長門市油谷伊上10130番地
TEL. 0837-32-1234 FAX. 0837-32-1069

日帰り入浴OKです。
アルカリ性単純温泉(無色透明、無味無臭 ph値9.60)。
油谷湾を眺めながらの温泉。素晴らしかったです。
対岸に、塩作りの百姓庵があるとのことでした。

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・子作り祈願の神社。
大事です。男性のシンボルが奉納されていました。

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・永山酒造
1887年創業。
住所:山陽小野田市大字厚狭367-1
電話:0836-73-1234

日本酒のみならずワイン作りも始まっているということで、連れて行ってもらいました。
カベルネソーヴィニヨンが垣根栽培されていました。シャルドネも栽培していると想像しました。

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殿町児童公園に保存されている蒸気機関車を見に行きました。
D51 300機。よくここまで、錆を取り、整備してきたと感心しました。

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夕食は山陽新幹線、在来線の厚狭駅前のビアガーデンで。安重さんのお母様が車で送ってくれました。
・二反田ビアガーデン
山口県山陽小野田市厚狭1丁目1-5
厚狭駅前
ビアガーデンの場所から、新幹線が見えました。停車した上りこだまが、3本の後続列車に追い抜かれていました。
貨物列車が行き交いました。

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安重さんの職場の元先輩の村上さんが来てくれました。
CTスキャンで別の場所での病理が見つかり、手術を受けて退院した、運が良かった。とお話をされていました。
早期発見は大事ですね。

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村上さんは、美祢線の最終列車でお帰りになられました。
安重さんの奥様が会合の後、ピックアップしてくれました。

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素敵なお家。
シャワー浴びて寝かせていただきました。

〇2019/7/27 土曜日
おはようございます。
二日目。
朝の散歩に誘われました。

安重家の旧家。

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安重家の森。元は田圃。

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安重家の竹林。

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広さに驚き!
いろいろなことができます。

ご飯の朝食を準備してくれました。
いつもパンなので、ご飯の朝食は新鮮。
歯磨きして出発。

・弁天の池
に連れて行っていただきました。
(解説)
住所:山口県美祢市秋芳町別府水上
「別府弁天池」は、全国的にも有名な景勝地である秋吉台や秋芳洞の麓、別府厳島神社の境内にひっそりと佇む湧水。環境庁が指定する“日本名水百選”にも選ばれています。
南国の海のようなコバルトブルーとか、宝石のようなエメラルドグリーンとも呼ばれる美しさ!その神秘的な色合いに、思わず誰もが見入ってしまいます。
この青さの秘密は、石灰岩で構成されたこの地特有のカルスト地形にあります。「別府弁天池」では、カルシウム分を含んだ透明度の高い水が湧き出ています。

本当に透明感のある水をたたえる池でした。

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近くには鱒養殖場がありました。

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持ち帰りできる飲泉所では、たくさんのペットボトルを持って水を汲みに来ている人がいました。

・大正池
こちらは人が訪れない所。

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大きな魚が一匹、悠然と泳いでいました。

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なかなか素敵な池でした。


・秋吉台
山口県美祢市秋芳町秋吉台山
秋吉台(あきよしだい)は、美祢市の中・東部に広がる日本最大のカルスト台地です。
1955年に国定公園(秋吉台国定公園)に、1964年に特別天然記念物に指定されています。

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野焼きをすることにより、石灰岩が現れています。
旧陸軍の演習のために野焼きをしたのが最初ということでした。
草地の中には多くの穴があるそうです。止まることなく地下まで落ちてしまうそうです。危ないですか


・秋芳洞
(解説)山口県美祢市秋芳町秋吉3506-2
秋吉台国定公園の地下100m、その南麓に開口する日本屈指の大鍾乳洞「秋芳洞(あきよしどう)」。
ひんやりと肌をさす冷気漂う杉木立を通り抜けると、秋芳洞の入口です。洞内の観光コースは約1km(総延長は10.7kmを越え国内第2位)、温度は四季を通じて17℃で一定し、夏涼しく冬は温かく、快適に観光できます。

水量が多い!

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地下空間の芸術作品です。
感動しました。

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戻って、安重美穂さんもご一緒に昼食を食べに行きました。
・カフェ夢紅
(解説)
夢元(むげん)さんは滋賀県出身。
40歳の時に旧山陽町へIターンして独学で陶芸家となった後、1997年からは鹿児島・奄美で暮らし、現在と同じように「作品を見に来た人に、お茶を出そう」と自宅併設カフェも営んでいたが、昨年11月に再び山野井へ転居した。
カフェは8畳で、テーブル席とカウンター席を合わせて8席ほど設ける。

こんな所にカフェ?という場所にありました。
陶芸家で、登り窯があるとのことです。
カフェ兼ご自宅は、ご自身で建てられた。驚き!

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サンドイッチ「ハム・サラミ・チーズ」(800円)を注文しました。
美味しかったです。

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いろいろなお話をしました。
帰りは、山道を歩いて安重さんの自宅に戻りました。
途中で安重家の森に出ました。
どうやら、小さな山を隔てたお隣同士です。安重さんと夢元さん。

温泉に連れて行ってもらいました。
・くすくすの湯
(解説)
山口県立宇部西高等学校 総合学科 環境緑化系列の先生のご指導のもと、春休み返上で生徒さんが設計・施工してくださいました。
源泉温泉は、34.6℃。加温してあります。優しいお湯でした。

ひまわり畑。夏を感じました。

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戻って、一眠り。
夕食は、安重家ダイニングテーブルでいただきました。
山口の地元料理「瓦焼きそば」を作ってくれました。

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鰻。

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おばあちゃん(安重さんのお母様)が、煮物、鶏の唐揚げ、おにぎり、つみれ汁を振る舞ってくれました。

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私は、勝沼のマルサンの甲州ワインを差し入れ。「百」の銘柄が、安重さん次女の名前の一文字ということで、評判良かったです。


夢元さん、紅さんご夫妻がお見えになりました。
夢元さんは、先祖が桜田門外の変で有名な井伊直弼の兄弟である彦根藩士の子孫でした。
紅さんは素敵な声の持ち主と思っていたら、俳優さんの娘さんでした。
楽しいお話をさせていただきました。
桜が咲く、山陽本線の列車の撮影ポイントがあることを教えてくれました。
遊びに来てくださいとのお声がけをいただきました。感謝です。

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安重さんおばあちゃんは、洋裁デザイナー、仕立てをお仕事にされていたとのこと。
しっかりしたお考えを持っておられました。

もう24時に近いです。
お開き。
いっぱいお料理をいただきました。
ご馳走様でした。
お休みなさい。

〇2019/7/28 日曜日
おはようございます。
しっかり眠りました。
ありがたいです。

朝食の時、奥様、安重美穂さん(小学校教頭先生)から、6年生担任時代、子供たちにも参加してもらったD51 300の蒸気機関車の保存の取り組み、感動のお話でした。地域の活性化、街作りのお話をお聞きできました。
素晴らしい志、活動です。共感しました。

子供たちも頑張っています。

飯塚市で保存活動している方のお話をお聞きしました。

行く所がたくさんになりました。


厚狭にある旧毛利家家臣のお家を案内してくれました。

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今後の活用をこれから相談していく計画とのことでした。

街を愛する心、半端ではありません。


下関に向かいました。

・門司港の風師山

(解説)風師山(かざしやま)は北九州市門司区、関門海峡に突き出た企救(きく)半島の先端にあります。風師岩頭(かざしがしら)、風師山、風師南峰の3つの峰があり、山頂からは、眼下の関門海峡に巌流島や関門橋、さらには周防灘や玄界灘の絶景を見ることができます。


駐車場から800m登って頂上に。

日本海から関門海峡に入り、瀬戸内海に出るのが一望できました。

関門海峡はまっすぐ抜けていると思っていましたが、西から東へS字を横にした海峡水路になっていました。

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関門橋です。

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巌流島です。

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門司港駅に連れて行ってもらいました。

門司港駅は綺麗に改装されていました。

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駅舎にスターバックスが入っていました。

観光用トロッコ列車が走っていました。

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武家屋敷で有名な長府の下関市立博物館に行きました。

C11蒸気機関車の模型が煙を上げていました。

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特別展示の鉄道展示は、明治時代の新橋(烏森)と横浜(桜木町)の鉄道開通が主な展示でした。

明治天皇が御言葉を述べられたことの記録を初めて見ました。


昼食は、厚狭駅前のレストラン。

山口宇部空港まで送っていただきました。

JAL294 山口宇部 1420発 羽田 1555着。羽田への折り返し便です。

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京急、JR横浜線で帰宅しました。


人のつながり、ありがたいです。

安重賢治さん、美穂さん、お世話になりました。

厚狭の人々の街への思いの強さを感じとれた旅でした!



アラスカ ⑥Chena 温泉

◯2019/6/24 月曜日

おはようございます。

初めて8時まで眠りました。
昨夜の温泉おかげで、体がリラックスしたと思います。
雨が降る静かな朝です。
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部屋の前の物置の屋根を見ると、草が生えていました。雨が豊富なことがわかります。
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ガチョウはゆっくりとホテル内を歩いていました。
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朝の温泉に入りました。
アラスカの空と樹を見ながらの温泉も良いです。
全体にぬるめですが、熱いところもありました。床は、小さな砂利です。
打たせ湯があり、肩、背中に湯をかけました。
皆さん老若男女がカップルで写真撮影していました。

11:00、チェックアウト。
朝食を食べて落ち着きました。

20時のピックアップまで何かActivityができないか見にいきました。ほとんどが2人以上いると開催するものばかりでした。
これは今日の天気予報です。
日の出は02:59am 日の入りは14:47am(翌日02:47の意味です。)。
夜が12分しかありません。
ここは北極圏に入る手前の所と理解しました。
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少し、ホテル内を歩いてみました。
ホテル従業員用の家です。冬のための薪が積んでありました。
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昔の飛行機が雨ざらしで置いてありました。
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こちらは、ホテル内の軽飛行機の滑走路です。
観光用です。
アラスカは、水上飛行機も多いです。
移動するのに必須の手段と理解しました。
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このホテルは、レストランでだす野菜を栽培しています。
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お、温泉を撮影していいのだと、理解しました。
団体の人達が、写真撮影しているではありませんか。
私も、外から、撮影しました。
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再度、温泉にしっかり浸かりました。
(時間が十分ありました。)
SPAから出たあとのアラスカの風が気持ち良いです。

20時まで時間があります。
ここは、携帯網の電波は2Gです。通信がアプリについていけません。
アクティビティーセンターで本を読みました。
おや、誰かTaniguchiと呼んだような?

フロント近くに行って、スマートフォンの電源を探していると、ピックアップサービスの会社の人から、声をかけられました。
早めに空港に連れていってくれると。
実は、朝、フロントから早めのピックアップを依頼してもらったのですが断われたのです。
助かります!
16:00に、空港近くのホテルに戻る人達と一緒に送ってくれました。
この人達のおかげと思います。

Fairbanks空港。アラスカ航空の端末でチェックイン。搭乗券を確保。
預け荷物は25$必要です。Assistanceに行き、25$を支払ってサンフランシスコまでスーツケースを送ってもらいます。
今度は無事届きますようにと祈りました。

今、日本は、朝になってきています。
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23:55発Seattle行きに搭乗しました。
ここFairbanks空港は、24時間運用です。午前2時とか3時に飛んでいくフライトがありました。
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◯2019/6/25 火曜日
短い時間でしたが、眠りました。
気づいたときには、もうSeattleでした。
Seattleに04:30着。朝。日の出の時間です。
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San Francisco行き飛行機に乗り換え。到着は、ゲートN。乗り換え便は、ゲートCと理解。
Air Trainで移動しましたが、C駅は閉鎖中と車内の案内図に書かれているのに気づきました。
D駅で降りて、ゲートDからゲートCまで歩きました。
USAの空港はどこも大きいです。よく歩きました。

朝食は、地元Sstarbucksで。
近眼でdisplayのMenuの字が読めず、あれ、と注文。温めて出される時に、「Tani....」と呼ばれました。発音できないですよね、日本人の名前を。
San Francisco行きは小さな飛行機でした。
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San Franciscoに近づいてきた時、久しぶりに見ました。二機が並んで着陸するのを。
3時の方向に一機が見え、同じタイミングで着陸しました。

スーツケースが出てくるか?
Baggage Claimに行ったら、ターンテーブルの上にありました。嬉し涙!

San Francisco空港は何度か通過した空港ですが、ターミナルの位置関係は全然記憶にありませんでした。
Terminal2から、InternationalのTerminalAにAir Trainを使って移動。
JALのカウンターが開く時刻を12:50と確認。TerminalGに移動して、スーツケースをあずかってもらえる会社に有料であずかってもらいました。
BARTという電車で、ダウンタウンに出ました。切符購入は駅員にやってもらいました。
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Powell駅下車。思い出しました、この景色。
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ケーブルカーのチケットを購入。
観光客に大人気でした。
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ケーブルカーはターンテーブルの上で方向転換して、出発準備をします。
ケーブルカーは、蒸気機関車と同じように前後があるということを理解しました。
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面白いのは、ターンテーブルからケーブルカーを出す時は人力でした。
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乗るのに40分くらい待ちました。やっと乗れました。
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Fisherman's Wharf です。
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ここには、市内路面電車も走っていました。
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行きの大混雑を考えると、時刻が気になりました。
ゴールデンゲートブリッジをちらっと見て、戻りました。
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自転車で回る人も多いです。
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帰りは、ケーブルカーの先頭に座ることができました。
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ユニクロがありました。
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BARTで空港に戻りました。
スーツケースを引き取ると、もうJALチェックインの時刻です。
搭乗券をもらうと、帰国できると、緊張感から解放された気分になりました。笑。
TerminalAでの出国のセキュリティは、幸い時間はかかりませんでした。
さっきスーツケースを取りにいったTerminalGはものすごい混雑でした。

JALラウンジでゆっくり。巻きずしとお茶漬けをいただきました。
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JALラウンジのトップから、「ビジネスクラスへのアップグレードがOKとなりました。」との連絡がありました。
追加マイルを引き下ろしてもらい、搭乗券を交換しました。
San Francisco 羽田行きです。15:50発。
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昔、米国に出張した時と同じ気分です。日本に帰れる!
映画を観ました。人間の表裏、物の見方、を描いていました。
横になって眠りました。

◯2019/6/26 水曜日
ビジネスクラスのお客様のなかで、焼酎「森伊蔵」を購入したい人が大勢いるので機内抽選(会)となりました。
キャビンアテンダントが作ったより糸を引っ張ってみる、お尻が黒色だと当選。
くじ運ない私です。やはり、はずれました。
別のを購入しました。

二回目の食事は、かつ丼にしました。
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羽田18:45到着。
一日中移動していました。
アラスカは、世界のどこからも遠いところと実感しました!
京急、JR横浜線で帰宅しました。


〇感じたこと
・自然は良いです。
・氷河が崩れ落ちるのを見ていると、地球規模での温暖化対策は必須と実感しました。

・「家族を大切にする。」デナリ国立公園レンジャーのトレイルウオーキング。
 考え方、教育方法、非常に有意義でした。昔の人の言い伝えも大事にします。
 英語が不得意なので、概要しかわからなかったのが残念です。

・鉄道って、やはり良いです。大量の物資、人を一度に運べます。

・拙い英語の日本人をサポートしてくれた方々にお礼申し上げます。
 日本に来られる外国の方々が困っている時は、サポートします。
 東京の地下鉄、バスは、複雑です。横浜人の私は苦手です。

・旅は緊張感もくれます。 
 歳とったから滞留していてもいいかなと思っていましたが、いやいやダメですね。
 まだまだやることありますね。英語の習得、考え方の理解、人が考えることの理解を進める努力をします!