横浜散歩 2017/4/30

横浜の三溪園に行ってみました。

横浜市営バス一日券(600円)を車内で購入。
これで、自由に横浜市営バスに乗れます。

バスを乗り継いで、三溪園へ。

三溪園は、明治時代末から大正時代にかけて、製糸・生糸貿易で財をなした横浜の実業家・原三渓が、
東京湾に面した谷あいの地に造った日本庭園です。
富岡製糸場をはじめとし、群馬、埼玉、山梨などの地と、絹でつながっていた横浜です。


説明内容は、三溪園のパンフレットによります。

正門門柱。1906年建築。
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藤の花。まだ、咲き初めでした。
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旧燈明寺三重塔。1457年建築。
京都・木津川にあった燈明寺(廃寺)にあった塔。
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鶴翔閣。1902年建築。
原三渓の住まい。
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御門。1708年ごろ建築。
京都東山の西方寺の薬医門。
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白雲邸。1920年建築。
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臨春閣。1649年建築。
紀州徳川家初代藩主の頼宣が紀ノ川沿いに建てた別荘。
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月華殿。1603年建築。
京都・伏見城にあった大名来場の際の控えどころ。
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天授院。1651年建築。
鎌倉・建長寺近くのお寺にあった地蔵堂。
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金毛窟。1918年建築。
1.8畳の茶室。
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聴秋閣。1623年建築。
京都・二条城にあった楼閣。
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春草廬 しゅんそうろ。江戸時代。
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竹林に清々しい気分になりました。
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小さな滝がありました。
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旧東慶寺仏殿。1634年建築。
縁切寺の名で知られる鎌倉・東慶寺にあった禅宗様の仏堂。
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旧矢箆原家住宅 きゅうやのはらけじゅうたく。江戸後期建築。
合掌造り。白川郷にあった建物。
農家ながら、式台玄関、書院造の座敷を持っています。
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炭が燃えていました。燻しているのだと思いました。
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この欄間、横浜で作られたのかと思いました。櫂と錨。
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五月人形。
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二階は、養蚕をしていたそうです。屋根裏です。
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式台玄関。
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もしかして幼稚園か小学生の遠足以来の訪問でした。
横浜の地図では、元町の先、根岸周辺というのを見ていましたが、
なかなか足を運ばなかったです。
横浜の中心部では、第二次世界大戦の最後1945年(昭和20年)と思いますが、横浜大空襲がありました。
私の生まれた家の近くも焼夷弾で焼けたり、教師をしていた伯母が防空壕の入口で亡くなったと、父親から聞いていました。
第二次世界大戦後に、移築した建築物もありますが、今日、これだけの建物がよく残っていたな、と、感心した次第です。
大人の遠足に良いところでした。

バスに乗って、横浜港に行ってみました。
二隻の豪華客船が入港していました。
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大桟橋・山下公園側に、「ぱしふぃっく・びーなす」。
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大桟橋・赤レンガ倉庫側に、「セレブリティ・ミレニアム」。
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横浜の休日でした。
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この記事へのコメント

2017年04月30日 15:37
こんにちは。
地元人なのですがあまりと言いますか
却って地元過ぎて疎遠になっている傾向が(笑)
皆さまがあげておられる横浜の記事を
拝見しては楽しませていただいております。

5/3は横浜開港記念みなと祭の
国際仮装行列「ザ よこはまパレード」が
今年も行われますが…
今年もまたTVで見る公算が大のようです。
谷口伸夫
2017年04月30日 17:13
はい。横浜に住んでいながら出かけませんでした。目が、みなとみらいや、東京方面になっています。横浜、すばらしいものがありますね。一番好きな景色は、羽田空港方面からベイブリッジを渡るときに見れるみなとみらいを含む横浜港です。帰ってきた!といつも思います。夕陽の時、夜景、好きです。
2017年04月30日 17:22
横浜に戻ってきたー!という実感がする、
ベイブリッジとランドマークは
はすでにハマッ子のステータスシンボル。
私も東京から戻ってくる車窓からの記事にて
そんな辺りを載せます。

間もなく更新する予定ですので
拙記事もご笑覧いただけるとうれしいです。

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