新潟県村上市、山形県鶴岡市

○2019/1/25 金曜日
おはようございます。
コシヒカリのご飯の朝食を取って出発。
新潟0822発いなほ1号。
画像

信濃川。
画像

村上到着0908。
汽車の碑です。
文部省唱歌「汽車(今は山中 今は浜 今は鉄橋渡るぞと~)」の作曲家が生まれた町でした。
画像

観光案内所で地元のバスを紹介いただき、09:20のバスに乗って町へ。雪の中を歩いて、イヨボヤ会館に行きました。
日本で最初の鮭の博物館です。
「イヨボヤ」 とは、村上地方の方言で鮭のことを指すそうです。
画像

塩引き鮭。
画像

鮭の稚魚。昨秋、三面川(みおもてがわ)に帰ってきた鮭から卵を取り出し孵化。
画像

大きな水槽で泳ぐ鮭の稚魚です。
画像

世界で最初に、鮭が産まれた川に戻ってくるのを発見し、藩の財政を助けるために、鮭の自然保護増殖のための人工河川を31年の歳月をかけて作った村上藩士・青砥武平治です。
画像

鮭を捕獲、放流するために、三面川の横に作った川。博物館のガラス越しに見れました。10月ならば、鮭が上ってくるのが見れると思います。
画像

三面川(みおもてがわ)です。
画像


毎年12月上旬~下旬に村上伝統の塩引き鮭が各家の軒先に下げられ、街道のように連なるとありました。
普通の民家の軒先にありました。
画像

黒塀通り(安善小路)に行ってみました。黒塀が並ぶ通り。
画像

重要文化財のお寺などが近くにありました。
画像

奥の細道、芭蕉が二泊した宿だった、鮭料理のお店がありました。
画像

村上歴史文化館
なんと、韓国にいるチベット仏教の僧侶と出会いました。ダライラマのことを話されていました。
画像

若林家住宅
内藤・村上藩の物頭役150石。中級上位の藩士。普請奉行、町奉行の要職に就いている。
曲屋造りの茅葺き平屋建。
画像

おしゃぎり会館(村上市郷土資料館)
村上大祭でひき回される、「おしゃぎり」と呼ばれる山車を常時4台展示。
画像

文化館のお姉さまに紹介された「うおや」に寄ってみました。
画像

店長が塩引き鮭を勧めます。
隣のお店で昼食を取って試すと良いと。
併設のレストランでした。不思議なのは素晴らしい本がたくさんありました。
地元のおばあちゃんが、特別に借りた本を返しながら、昼食を取っていました。
画像

塩引き鮭を食べました。
画像

工場に行ってみました。
画像

画像

送るものを注文しました。塩引き鮭一本。
温かいお茶をいただいて、お店を出ました。
村上駅に戻るバスがありました。

駅に、孵化した鮭の稚魚が泳いでいる水槽が置いてありました。
春になると放流されると書かれていました。
画像

村上1319 発 いなほ5号。
画像

日本海。
画像

島影が見えました。
画像


鶴岡に1420到着しました。
鶴岡は、江戸時代初期に最上氏により最初の町割りが行われた。その後、酒井家14万石が置かれ城下町の形がほぼ完成した。とあります。

致道館。藩校です。昔も若者の育成には頭を悩ましたようです。
画像

画像

ここの藩校のレベルは非常に高いです。今の小学生で論語。高校生で左子伝。驚きました。
画像

庄内論語の本を買いました。
画像

近くの堀は凍っていました。
画像

藤沢周平記念館。
三屋清左衛門残日録の特別展示。
隠居の身。とは言え、老いゆく日々の命の輝きがすごい。本を購入しました。
画像

画像

庄内神社。
画像

鶴岡カトリック教会 天主堂。
画像

旧風間家。
画像

内川には鴨。雪降る中、川の中でじっとしていたり、泳いだり。
画像

駅まで戻るバスの本数が少ないです。
雪で遅れました。
土曜日、日曜日はほとんどが運休になります。観光客には少し不便です。
地方を旅するときは、バスの時刻を前もって調べます。

鶴岡バルで、寒鱈汁。地元料理ですかね。
画像

雪の降るのが強くなってきました。
画像

鶴岡1825発いなほ14号で新潟に戻りました。新潟2009着。
画像

明日、新潟は大雪の予報です。
おやすみなさい。

参考情報:
村上市
江戸時代に、村上藩は、越後国に存在した藩。藩庁は村上城(現在の新潟県村上市)。
豊臣政権下の1598年に村上氏が当地に入ったが1618年に改易。
外様大名の堀氏3代を経て、譜代・親藩の大名家が次々に入れ替わった。
1720年に内藤氏が入り、以後廃藩置県まで9代150年にわたって内藤氏が5万石の藩を統治した。
この村上は最上義光、伊達政宗ら奥州の雄を押さえるには戦略的に極めて重要な拠点となった
鮭の放流、遡上、食べ物 塩引き鮭が有名。

鶴岡市
江戸時代・元和8年(1622年)、[[酒井忠勝 (出羽国庄内藩主)]]が庄内に遷封され鶴岡に居城。
江戸時代には、庄内藩酒井氏の城下町として盛えた。
加茂港は、北前船の着く港町であり、明治以後も羽越本線開通まで新潟港へ向かう船が出ていた。
新潟県境にある鼠ヶ関は、勿来関、白河関とともに「東北三関」の1つであった。
藤沢周平が生まれた町。

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック