岩手県 花巻 2020/8/1

岩手県花巻。宮沢賢治の世界。
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〇2020/8/1  土曜日
おはようございます。
宮城県仙台。朝食を取って出発。
岩手県花巻を目指しました。
東北道を使って2時間20分位。
最初、熊谷家を探しました。
旧家を移築したと思われます。
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宮沢賢治記念館に行きました。
駐車場の係員の方に、今日走る蒸気機関車の話をすると、撮影場所や、通過時刻、さらに、車で行けると教えてくれました。
ありがたいです。歩いたら山道のちょっとしたハイキングになっていました。
その胡四王神社。
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北上川橋梁を渡る釜石線「SL銀河」を上、真正面から撮影できる場所でした。
SL銀河は、花巻 10:37発。
汽笛が聞こえました。
煙が見えました。
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鉄橋を渡りました。
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再び、汽笛が聞こえました。
ジーンときました。

宮沢賢治記念館。
敷地すぐに、石の彫刻。よだかの星彫刻碑。
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アルコール消毒。検温。電話番号記入。のあと、4館共通入館料を購入してて中へ。
「雨にも負けず、風にも負けず」の宮沢賢治の、宗教、農業、宇宙感、科学、芸術を知ることができました。
宗教は妙法蓮華経。

宮沢賢治童話村に行きました。
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賢治の学校。
中は、タイムトンネルになっていました。あまり感心しませんでした。
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賢治の教室も入場しました。
花巻周辺の動物、鳥、花を解説していました。
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宮沢賢治が知人に送ったバラの子孫です。
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花巻市博物館。
花巻の地理的位置。歴史。が学べました。
南部藩と仙台藩の境界地が花巻にありました。
この時代から、境には、非武装地帯が築かれていました。
絵図の左側に境目と書かれています。
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花巻は、土の人形が盛ん。
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宮沢賢治イーハトーブ館。
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冊子をいただきました。
帰ってから読んでみようと思いました。
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切り絵。釜石線の前身、岩手軽便鉄道。
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東北本線(D51蒸気機関車が見えます。)と花巻電鉄が交差している切り絵。
花巻電鉄が、東北本線を跨いで、花巻駅の東と西を結ぶ工事が大変だったようです。
実際を見てみたかったです。
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イギリス海岸の切り絵。
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新渡戸記念館。
「武士道」で有名な新渡戸稲造の父祖が花巻の武士。新田開発など地域に貢献。
新渡戸稲造は、子供の時から、英語を学ばせられたり、自ら世界観をもって勉強していたことがわかりました。
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離れた場所にある同心家屋(屋敷)に行きました。迷いながら到着。
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道を間違えました。こんな風景をみました。田圃に舟。
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「雨ニモマケズ」詩碑。
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賢治自耕の地(下ノ畑)。
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イギリス海岸 詩の森公園。
今日の北上川は水量豊富。
川床が水の下でした。見ることができませんでした。
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花巻駅の西側の花巻市 市民の家に移動。
古くて休館中でした。
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花巻電鉄の電車が静態保存されていました。馬面(うまづら)電車と呼ばれたそうです。
温泉に通じる道路と並行して走るため、幅を抑えたということです。
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この道は、線路があった所と思われます。
P1017421.JPG花巻温泉に温泉を提供している台温泉に行ってみました。
花巻温泉の奥。
もう廃れた温泉場でした。
精華の湯。
泉質:含硫黄-ナトリウム-硫酸塩・硫化物泉。ph8.5の弱アルカリ性温泉でした。
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これで予定終了。
仙台に戻りました。

追記:花巻は、岩手県の名物である「わんこそば」発祥の地でもあるそうです。

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〇2020/8/2  日曜日
未明、大きな音が聞こえるので、目が覚めてしまいました。
ビジネスホテルの窓から外を見てみると、新幹線の保守作業車両が到着していました。
新幹線の安全のための深夜の保線、お疲れ様です。
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仙台から、自宅の横浜まで400km。
結構遠いです。
気合を入れて、帰路につきました。

今回、歴史上の人物の雰囲気を味わえたこと、有意義でした。
宮沢賢治の世界、もう少し、理解をしてみます。

宮城県 白石城、吉岡宿 2020/7/31

宮城県・吉岡宿の家屋。
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〇2020/7/31 金曜日
おはようございます。
福島県。雨続き。
ユースゲストハウスATOMA。美味しい朝食をいただきました。
一人分用意してもらうの、ありがたいです。
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出発。
桃の畑を覗いてみました。雨の影響で、確かに色づきが白っぽい。
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近くの川の流れは急でした。
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高湯温泉共同浴場あったか湯にやってきました。
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硫黄の匂い。
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福島応援クーポンを入手できました。
クーポンを使って入浴させていただきました。良い湯でした。
お湯の色は、少し濁のエメラルドグリーン。ブルーも混じっていました。
ph2.5の硫黄泉。体が硫黄の匂い。(笑)

JAに立ち寄って、福島の桃を箱で購入。品種は、「あかつき」。朝10時前。地元の人が大勢、桃の箱を選んでいました。
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白石に向かうべき東北道にのるところを間違って山形に行く道にのってしまいました。分岐点で、片方が東京、青森と書いてありました。
東京ではないと思い、別の方に行ってしまいました。気づくと米沢に行く道でした。高速道路仕様でしたが無料区間でした。
米沢まで戻るICはなく、霧の濃い山岳地帯を走りました。

やっと、元のICまで戻ってきました。
宮城県に入ってきました。
白石城跡。仙台藩の城は、青葉城と白石城の二つと教わりました。
城門。
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天守閣。
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武家屋敷。
片倉家中旧小関家。
この堀の橋に、吉永小百合さんが立たれました。ポスターになっていました。
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中級武士の家屋。三間の質素な造りでした。
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でも、堀に囲まれて、庭が立派でした。
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縁側でゆっくりできただろうな。
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白石から仙台を越して、仙台の北、約20kmの大和町に向かいました。
仙台藩吉岡宿跡。
映画「殿 利息でござる」の実在の場所です。
フィギュアスケート羽生結弦選手が、殿様役で出演されています。
江戸と東北諸藩を結ぶ奥州街道と出羽街道の宿場町でした。

(説明)
「わたしたちの大和町」改訂版(平成24年3月大和町教育委員会発行)より引用させていただきます。

今から250年ほど前のことです。宿場町だった吉岡(現宮城県黒川郡大和町吉岡)では、長い間続いた凶作などのため、
月に6回開かれる市へ来る人の数も減り、生活に困る人が多くなってきました。
また、吉岡を出て行く人が増えて、空き家が目立ってきました。
 当時、吉岡の人々は伝馬役といって、街道(奥州街道)を通る大名行列(参勤交代で、仙台藩領内の奥州街道を通過する大名は、伊達藩のほかに盛岡の南部藩、弘前藩、松前藩などがありました。)
のために馬をひいたり、荷物運びの仕事をしたりしなければなりませんでしたが、その仕事もたいへんだったのです。(町役として伝馬役を負担していたのです。)
また、吉岡宿は奥州街道の宿駅だけでなく、中新田、岩出山を経て出羽国(秋田県・山形県)に至る街道の宿駅でもありました。
両街道が合流するため、吉岡宿は、仙台藩では大きい方の宿場町になり、それだけ宿駅の負担も大きくなりました。
 そんな中、「このままでは町の将来が心配だ。何とかしてこの町の人々を苦しい生活から救い、宿場町を建て直したい」と考えた人々がいました。
菅原屋(菅原)篤平治(すがわらやとくへいじ)、穀田屋(高平)十三郎(こくだやじゅうざぶろう)、穀田屋(高平)十兵衛(こくだやじゅうべい)、浅野屋(遠藤)周右衛門(あさのやしゅうえもん)、
早坂屋(早坂)新四郎(はやさかやしんしろう)、穀田屋(高平)善八(こくだやぜんぱち)、遠藤寿内(えんどうじゅない)、
千坂仲内(ちさかちゅうない)、遠藤幾右衛門(えんどういくうえもん)の9人です。
 菅原屋(菅原)篤平治は、お金を仙台藩に出資すれば、利息分がもらえるので町の人々にお金を分けることができると考えました。
そして、穀田屋(高平)十兵衛とともに仲間と協力を呼びかけました。9人はお金を出し合い、足りない分は自分たちの財産を売り払い、命がけで借金をし、
家族全員で働きにでることも覚悟して、千両もの大金を用意することにしました。9人は方々から借金をし、6年もの年月をかけてやっと千両を用意しました。
 それから、利息分がもらえるよう仙台藩に何度も何度もお願いし、その約束を取り付けてから千両を仙台藩に納めました。
そして利息分のお金をもらうとそのお金を町の人々に分けました。
仙台藩では9人の行いに対し、特別にほうびのお金をあたえましたが、9人はそれもまた自分のことには使わないで町の人々に分けました。
 町の人々はたいへん感謝しました。そして、9人に対する感謝の気持ちをいつまでも忘れないために、「国恩記」という記録が残されました。
吉岡の龍泉院で住職をしていた栄洲瑞芝(えいしゅうずいし)というお坊さんが書きました。
この吉岡の救済事業は純粋に吉岡の人々から出た運動で、仙台藩も初め反対しましたが吉岡の人々の熱意に動かされ藩も認め曲折などもありましたが幕末まで続いたのであります。
 平成15年3月には、9人の行いを人間の美しい心の記録として、また郷土のほこるべき出来事として後の世に長く伝えていこうと九品寺(吉岡)に顕彰碑が建てられました。

吉岡宿本陣案内所に駐車させていただきました。ここが本陣跡。
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昼食は、甘味噌とんかつ。案内所のおじさんに薦められました。仙台の味噌は辛いはずなのに、甘いのが好まれたのは不思議でした。
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お店の壁に、軽便鉄道の写真。
ご主人から、北仙台から古川に軍人を運んだ。逆に、北仙台に、亜炭を運んだ。と説明してくれました。
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浅野屋跡。吉岡宿で一番の金持ちで造り酒屋と金貸し業を営んでいた。
少し東側に酒屋さん。このお家の二階の看板、浅野と読めませんか?
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菅原屋跡。お茶屋さん。
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穀田屋。酒屋さんは健在でした。
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高札場跡。
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早坂屋跡のそばの家です。奥が深い。
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街道分岐点。
奥州街道(右手)と出羽街道(左手)の分かれた所。
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吉岡館跡。
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吉岡城跡。
伊達政宗の三男の居城。1616年完成。
でも三男は京都生まれ。結婚せず34歳で亡くなってしまいました。
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龍泉院。
ここの住職が国恩記を表しました。
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九品寺。
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国恩記顕彰碑。
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当時、菅原屋が、京都の左大臣・九条尚実に献上した御礼が、和歌に読まれ、看板となっていました。
「春風の 香ほりもここに 千世かけて 花の浪こす 末の松山」
「春風」購入しました。(茶葉は静岡。製造は塩釜。でした。)
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ご説明、ありがとうございました。
お世話になりました。

仙台に戻ってきました。
やはり、大都会。
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「はやぶさ」と「こまち」が東京に向かって出発していきました。
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仙台駅に常磐線特急「ひたち13号」が到着しました。品川、上野から仙台まで、直通の特急が一日3本が運行されています。よかったです!
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福島県 五色沼、二本松 2020/7/30

五色沼、吉岡宿、花巻 2020/7/30-8/2

夏の旅。小さな車で、福島県、宮城県、岩手県を訪ねました。
なるべく人に会わないよう行動しました。

今回、歴史の人たちに出会うことができました。雰囲気だけですが。
福島県:古関 裕而
宮城県:映画「殿 利息でござる」のモデル、吉岡宿の菅原屋篤平治(すがわらやとくへいじ)、穀田屋十三郎(こくだやじゅうざぶろう)
岩手県:「雨にも負けず」の宮沢賢治、「武士道」の新渡戸稲造

宮沢賢治の作品「銀河鉄道の夜」のモデルとなった岩手軽便鉄道。
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〇2020/7/30 木曜日
午前03:05、起床。
おはようございます。
車に荷物を積み込んで、出発。
一度、東名を海老名ジャンクションまで南下。そのあと、圏央道を北上して東北道へ。
平日の未明、トラックが多かったです。
日本の物流を支えてくれています。
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猪苗代湖方面に行きます。
磐越道に入ることはせず、東北道の郡山ICで降りて、一般道で猪苗代湖へ出ました。
(あとでわかりました。30分後、郡山の街で爆発事故が起きました。)
猪苗代湖。大きいです。
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磐越西線・猪苗代湖畔駅に行ってみました。
時刻表では臨時駅です。
すでに、廃墟です。
ロープが張ってあり、ホームに入ることはできませんでした。
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川桁(かわげた)駅に行きました。ここから北の沼尻まで軽便鉄道の線路が敷かれていました。
安達太良山の西側に位置する沼尻鉱山で掘り出された硫黄を運ぶのが使命の軽便鉄道でした。
駅前に沼尻鉄道の碑。
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川桁駅周辺の家。
昔は繁栄していたと思われます。
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磐越西線上り・郡山行き 快速電車です。
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野口英世記念館に寄ってみました。
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猪苗代・緑の村。
沼尻鉄道の機関車がありました。
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3軸ロッド式ディーゼル機関車。
軌間762㎜。路線距離15.6㎞。
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この沼尻鉄道が、古関裕而作曲、岡本敦郎が歌う『汽車の窓からハンケチ振れば』の「高原列車は行く」の舞台であることがわかりました。
硫黄運ぶ貨物路線と思っていました。硫黄を運ぶ役目が終わったあと、スキー客や避暑旅行者を運ぶ役割をしたそうです。
現地に来ると、意外というか、思わぬ事実を知ることができました。
その客車です。
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(説明)
古関裕而。朝ドラやっているので、説明不要ですね。
早稲田大学第一応援歌「紺碧の空」、慶應義塾大学応援歌「我ぞ覇者」(「若き血」とは別です。)の作曲もされています。

裏磐梯ビジターセンターに移動。
五色沼を歩きます。
先にバスに乗って、反対側に行きます。そうすると、歩く間、帰りのバスの時刻を気にする必要がありません。
五色沼入口バス停1016の裏磐梯高原駅(バス停)行きに間に合いました。逃すと、1時間以上あきます。
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五色沼自然探勝路を歩き始めました。
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ありがたいことに、青空が見えました。
柳沼。
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青沼。
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弁天沼。
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清流。気持ちよくなります。
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赤沼。
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毘沙門沼。
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秋の雰囲気も見れました。
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1時間30分の歩き、終了。
毘沙門沼には、まだ紫陽花も咲いていました。
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汗を流すために、岳温泉に行きました。
途中、沼尻鉄道の駅跡を探してみました。
ありました。
酸川野駅(すかわのえき)。正式には酸川野停留場であったようです。
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右の県道側が、線路が敷かれていた所。
左の道が集落への道。
ここに踏切と停車場があったようです。
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安達太良山の西側に位置する沼尻鉱山は、道路の右手のスキー場の向こうと思いました。
(説明)
沼尻鉱山(ぬまじりこうざん)は、福島県猪苗代町にかつて存在した硫黄鉱山である。
安達太良山の西側斜面を鉱区としており、江戸時代には会津藩と二本松藩が権利を争った。
明治時代に入り、民間による開発が進むと開発は盛んになり、噴火による被害を乗り越え、一時は年間一万トンを超える硫黄を産出する規模となった。
1900年の噴火では鉱山に火砕流が到達し、多くの死者を出している。
採掘された硫黄の搬出のために磐梯急行電鉄が敷設され、その終点である沼尻駅へは、
鉱山から索道(荷物を運ぶロープウェイと思います。)で硫黄が輸送されていた。

安達太良山の北に位置する長いトンネルを東側に抜けると、濃霧。
山を境に、天気は変わりますね。
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岳温泉に到着。
「岳の湯」。
造りは、昔の旅館。古いです。今は、日帰り温泉施設。誰でも入浴できます。
お湯は、湯船に惜しみなく注がれていました。驚いたのは、色が透明感あるエメラルドグリーン。湯は熱い!
硫黄分があるのでしょう、窓が開けられていて、紫陽花を見ながら入浴。
上がって温泉成分をみると、ph2.5の単純酸性泉。温泉に入り、殺菌できたと思いました。
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二本松城を訪ねました。
戊辰戦争の中でも、多くの武士が命を落とした戦が行われた所です。

会津の白虎隊と同じく、少年兵が官軍と戦いました。二本松少年隊の碑。
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石垣は見ごたえありました。
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修復した門、立派です。
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本丸跡を目指し、山を上ります。
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井戸。説明では、今でも水を蓄えているそうです。
確かにこの城は、至る所に水の流れがありました。
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本丸跡。
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本丸跡からの景色です。
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山を降りました。
見事な赤松。
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蓮の花。
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城全体、街の雰囲気に、智を感じました。和菓子屋さんが多い。

二本松から宿泊先の福島に移動しました。
JAに寄ってみました。
安い価格の桃を3個購入。
品種は「あかつき」。
初めて食べました。買ったのは、固い果肉でした。
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奥羽本線・庭坂駅。
普通列車は、一日上下各々10本もないのではないかと思います。
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近くのカーブで、山形新幹線を撮影。
昨日は、大雨の影響で運休。
今日は、運転されていました。
山形新幹線の汽笛(ホイッスル)も、なかなかよかったです。
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梨畑がありました。福島は、桃が終わると、梨の季節を迎えます。
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宿泊は、ユースゲストハウスATOMA。
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何度か宿泊しています。
今回、コロナ対策ができているとして、キャンペーン登録宿泊事業者になっています。
オーナーご家族の努力に頭が下がります。安心して宿泊できます。
お風呂は、檜、青森ヒバを使った木の浴槽。いまだに、良い木の香り。

今日の宿泊者は、私一人のようです。
テーブルに一人分の食事が用意されました。
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ホヤを出してくれました。
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福島の漬物用麹の漬物。
ミニトマトは浅漬けでした。
福島の漬物用麹は、塩麹とも違う福島独特のものということでした。

デザートは桃。ブルーベリーとアイスクリームと一緒に。
今年の桃は今一とおっしゃっていましたが、桃の香りは良いです。ごちそうさまでした。
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雨の音だけ聞こえる静かな夜。
ゆっくり眠りました。