2022/6/24 金曜日 松前(松前、上ノ国町 2022/6/23-26)

〇2022/6/24 金曜日
05:00、外はもう明るいです。
起床。おはようございます。
朝のお風呂、朝食を済ませました。
雨が降り始めました。
06:39、新函館北斗駅から東京行きの一番列車、はやぶさ10号が出ていきました。
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07:34、新青森駅からの下り一番列車、はやて91号が雨が強くなってきた中、定刻でやってきました。
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雨が強くなってきているので、在来線の列車を見に行くのは断念しました。

08:10、予約していたレンタカーに乗車。
渡島半島を周ります。今日は、木古内(きこない)、知内(しりうち)、松前を訪ねます。
最初、函館湾に向かって車を走らせました。そのあと、道南いさりび鉄道に沿って、福山街道(松前国道)を南下します。
道南いさりび鉄道上磯駅近くに、太平洋セメント上磯工場がありました。
海に向かって、太平洋セメント海上桟橋(海上ベルトコンベア)の全長2kmの桟橋が伸びていました。
雨霧で、海に浮かぶ幻のように見えました。 
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上磯駅。大きな駅でした。
到着寸前に、08:28発函館行きが出ていきました。キハ40を使っていました。
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茂辺地駅。こちらはこじんまりとした駅。
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寝台特急、北斗星の車両が保存されている北斗星広場を探しました。
カーナビには出てきません。
細い路地を通っていくと、右手にブルーの車体が見えました。
どこが入口がわからず、雨でぬかるんだ広場から撮影。宿泊施設と書かれていました。今日は営業していませんでした。
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広場に、かもめ。
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渡島当別(おしまとうべつ)駅。
電化されています。貨物列車のためです。
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トラピスト大修道院に行ってみました。
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朝早い、大雨の影響か、誰も観光客はいませんでした。
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修道院手前の敷地は、三木露風旧居跡地でした。
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駐車場下に、カトリック当別教会。
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海が近い。
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道南いさりび鉄道、函館行きが来ました。渡島当別(おしまとうべつ)駅09:33発。
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通過した気動車を撮っていて気づきました。
写真左側に、電気機関車が見えました。本州に向かう貨物列車が待ち合わせで停車していると。
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貨物列車がやってきました。
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釜谷(かまや)駅。
貨物車両を半分に切って、中間にプレハブを入れた感じの駅舎。
実際は、大きな貨車の中央部分をくりぬいて、プレハブを入れた造りと思います。
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中に、ストーブがありました。代行駅員がおられ、切符の販売をしている雰囲気でした。
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木古内行き09:53発がやってきました。白色。
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サラキ岬に到着。
咸臨丸終焉の地です。
こちらの方向で、座礁、沈没した。
あとで聞いた話によると、この時、咸臨丸は動力を外し、帆船の商船となっていたそうです。
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サラキ岬に蘇る咸臨丸 模型です。
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(説明)
咸臨丸は江戸幕府がオランダに発注し、1857年に完成。
60年には幕臣たちを乗せて浦賀(神奈川県横須賀市)を出港、太平洋を横断した。勝海舟、福沢諭吉。
69年に戊辰戦争が終わると、北海道への開拓使の物資輸送船に。
71年11月(旧暦の9月)、戊辰戦争に敗れ北海道に移住することになった仙台藩白石の401人を乗せて、
函館を経由し小樽に向かう途中に木古内町のサラキ岬沖で座礁、沈没したとされる。

木古内(きこない)駅。
先ほどの貨物列車が停まっていました。
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道の駅のポスト。牛をイメージしていますね。
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北海道のワインを宣伝していました。北島ヴィンヤード。品種は、ケルナー。ドイツ生まれのブドウ品種のひとつです。
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道南トロッコ鉄道鶴岡公園駅に行ってみました。金曜日は定休日。大雨の中、誰もいません。
2014年5月に廃止されたJR江差線の廃線跡を利用したトロッコ鉄道がありました。
旧JR渡島鶴岡駅のホームをそのまま活用していました。
廃線跡。
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知内(しりうち)町に入ってきました。 
アイヌ語の「チリ・オチ」(鳥いるところ)の意味があります。
(説明)
知内は鷹の産地として有名で、松前藩が徳川将軍家に鷹狩り用に献上する15羽の鷹のうち、
半数以上は知内で捕獲したものと言われています。
知内川で採れる鮭を、松前藩は徳川幕府に献上しています。

雷公神社(らいこうじんじゃ)。
北海道最古の神社です。
(説明)
コシャマインの戦いの時(1457年)、知内を通った武田信広が加茂の二社を一社にして再建し、雷公神社と呼ぶようになりました。
もとは上雷に置かれていましたが、大正4年に遷宮されました。
知内町の由来が書かれている「大野土佐日記」が所蔵されています。
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雨石のレプリカ。
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松の木は立派です。
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上雷神社。
雷公神社のうちの上社です。
松浦武四郎、伊能忠敬といった北海道の偉人たちもここに訪れたとのことです。
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杉の巨木がありました。
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道の駅 しりうち。といっても、お弁当やパンなどの食べ物は売っていない、トイレ休憩の場所でした。
でも、棚に珍しいお饅頭を見つけました。「おっぱい饅頭」。
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近くに、姥杉(乳母杉)といって、根もと近くに乳房の形をした瘤がある巨木があるそうです。
母乳の出ない女性がここでお参りをすると出るようになったため、うば杉と呼ばれるようになったと聞きました。

ここは、展望台から北海道新幹線が見学できるところです。
時刻表も完備されていました。
ここのレールは3線軌条と言って3本のレールで新幹線と在来線を走らせています。
3線軌条は、青函トンネルの中と出たあたりまでです。
ここは、青函トンネルを出て約1kmのところです。

暴風雨です。
その中、本州に向かう貨物列車がやってきました。側線でいったん停車しました。
そのあと、青函トンネルに向けて出発していきました。
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本州からの貨物列車です。北海道新幹線と同じところを走っています。左側のレールを新幹線と共有していました。
強風の音が大きいです。

新函館北斗行き、はやぶさ7号です。

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福島町に入ってきました。

吉岡漁港。
この漁港の下を新幹線が通っています。
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近くに、伊能忠敬北海道測量開始記念公園。
この方、偉いですね。歳をとってから、勉強、実地に出かけている。
現場を訪ねる姿勢、学びました。
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松前矢越道立自然公園。北海道最南端です。
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白神岬の海。
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白神岬灯台。荒れ狂う海を見ていると、船員にとって、灯台はありがたい存在と思います。
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松前に向けて、北上。強風の中、慎重運転。
途中、橋脚の跡を発見。通り過ぎましたが引き返しました。
松前線は、海岸沿いを走る線ですが、渡島半島は、丘がそのまま海に落ちていて、なだらかなところ、砂浜は、あまり見かけませんでした。
ここは、小さな川、谷。でも、橋脚は結構高かったです。今日みたいな強風の日は、運休だったと想像しました。
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松前町に入ってきました。
車を停車できるところ、道の駅 北前船 松前に車を停めました。
暴風雨の中、かもめは気流をつかまえて上手に飛んでいました。
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函館付近では、イカ、がごめ昆布(函館から東側の恵山にかけてしかない。)が取れなくなっていると聞いています。
ヤリイカの季節なのか限定と書かれていたので、天丼でいただきました。全部、ヤリイカです。
メニューをみると、海苔とご飯、イカとご飯、サーモンとご飯、というように具材は一つ。
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上之国 民宿来福さんから電話。「今日、来れますか?」
暴風雨で心配されたそうです。

松前城 松前氏城跡福山城跡。
(説明)
松前家の前身蠣崎(かきざき)氏は、大館を拠点とし、5世慶廣(よしひろ)のとき、
豊臣秀吉、徳川家康によって大名に列せられ、姓を松前と改めた。
初代藩主となった慶廣は、慶長5年(1600)大館の南方にある、福山台地に新城(福山館)を築き、
6年の歳月を費やし、慶長11年(1606)に完成した。
築城は、5年の歳月を経て、安政元年(1854)新城が竣工した。
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搦手二ノ門。
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本丸御門。
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松前神社。
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車で移動。
松前藩屋敷。
といっても、昔の家々を再現した小さなテーマパークでした。
沖の口奉行所。蝦夷地に出入りする船・荷・人をあらため、徴税する役所。
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自身番小屋、商家。
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地元の人に出会いました。
観光案内所におられた方は、教育委員会で、史跡などを検証するお仕事に就かれていました。
東京で結婚して、奥様の実家がある松前に来て、松前の魅力に惹かれて、移住を決めたという人でした。
30分ぐらいお話をお聞きしました。
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・松前藩
 和人同士の覇権争いで勝利した蠣崎氏が、1593年、豊臣秀吉に、北海道に交易できた船から税を取り立てる権利を認めさせた。
 1604年、徳川家康から、松前藩を通さない一般和人とアイヌの直接交易を禁じることを定めた黒印状(こくいんじょう)を与えられ、
 松前藩はアイヌ交易の独占権を確立した。
 松前藩は、石高は無高。大名武監に書かれている(写真では見つけられませんでした。)。米は採れない。交易と税。

・松前藩とアイヌの関係
 和人が居住する和人地と、アイヌが居住する蝦夷地に分けた。蝦夷地の意味は、アイヌが住む地域。
 午前中通ってきた知内、夕方行く上ノ国に、アイヌの長を住まわせ、以北はアイヌ、以南は和人。

 松前藩は、田んぼを持たない。石はない。アイヌとの交易で、藩財政を保っていた。

 商場知行制(あきないばちぎょうせい)
 家臣が、釧路や根室、稚内まで、自分の持ち場まで出向き、アイヌと交易。
 →疑問が生じた。物を運ぶ方法。船か馬か?
  →ご説明 松前藩が認可しない限り船は出せなかった。アイヌの人たちが往来した道を行ったのではないか。
 
 場所請負制(ばしょうけおいせい)
 松前藩家臣が商場の運営を商人に任せた。
 アイヌは、労働者として働かせた。

・松前藩と近江商人
 場所請負制(ばしょうけおいせい)。請け負ったのは、近江商人。日本海沿いの商人を排除。藩と結託。

・アイヌの人たち
 縄文人をそのまま受け継ぐ人たち。交易。
 江戸時代、日本は鎖国。長崎の出島から外国商品が入ってきた。
 当時、アイヌは江戸幕府の外の住民。アイヌは、ロシア、清と交易していた。
 アイヌの長が着ていた服は、大陸のもの。極彩色の錦。

 松前藩は、アイヌから外国商品を得ていた。

・幕末
 松前藩は、新政府軍側。
 旧幕府軍(土方歳三等)と戦い、敗れた。城を落ちる時、街に火をつけた。
 2/3が焼失。松前の衰退のきっかけとなっている。

 箱館戦争の時、暴風雨の影響で、江差で沈没した開陽丸。
 木造船に鉄板を張った船。
 鉄鋼船ではない。

 咸臨丸が沈没したのは木古内。
 当時、帆船の商船になっていた。
 木造船。弱い。
 渡島半島南のこの地域は、三つの海流がぶつかるところ。操船は難しい。

・松前線
 面白い場所がある。行ってみてください。

ありがとうございました。暴風雨で、暗くなってきました。
上ノ国町まで行くので、御礼を行って、出ました。

教えていただいた、「松前城の下を松前線は通っていた、トンネルの跡が残っている。」というのは、驚きでした。
探しました。たぶん、トンネルの入り口をふさいであるところから、これだと思いました。
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このトンネルの方向から、この道が、旧松前線の線路敷地跡と思います。
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松前線松前駅跡に行ってみました。
駅跡は、記念碑がありましたのですぐわかりました。
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ホームは、桜並木の横に残っていると教えられました。分かりにくかったですが、見つけました。
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さあ、今日の宿がある上ノ国町まで、車を走らせます。
風が強いので、ノンストップで行きました。

天の川。木古内町との境にある尖岳(とんがりだけ)に源を発する。
本当は綺麗な川なんだろうなと想像しました。今日は濁流。
この川に沿うようにJR江差線が通っていました。明日、江差入り。
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花沢温泉簡易浴場に到着。
濡れた体を温泉で温めました。
嬉しいことに、町民、町外の区別なく、入浴料金は大人200円。
泉質:ナトリウム―炭酸水素塩・塩化物泉(弱アルカリ性低張性高温泉)
町民御用達の憩いの場だそうです。
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宿泊は、上之国 民宿来福。
お母さん一人で切り盛りしていました。
苗字が、「麓」。「ふもと」さんと呼ぶんですかと言うと、そうです。
珍しい苗字です。教習所では、「ろく」さん、病院では、看護師さんが読めないのか、後回しにされたとお話されていました。
今日の宿泊は、私一人。
蛸のしゃぶしゃぶ。初めてでした。
鱈の昆布締めの刺身。初めてでした。
煮付けの鱈も美味しかったです。
最初から、肉はありませんよ。漁師だから。と言われていました。いやいや、魚、良いです。
ご飯、大盛でよそうとされたので、自分でやりますと。
理由がわかりました。宿泊客の多くは、風力発電のプロペラを取り付ける工事関係者。
みなさん、たくさん食べるそうです。
私が飲み物を持っていないことに、おかあさんが気づき、キッチンの冷蔵庫からビール缶一本持ってきて、
プレゼントされました。ありがとうございました。
酒は持ち込み。みなさん、ビール缶を何ダースも持ってきて、客用冷蔵庫に入れて飲んでるということでした。
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去年、函館・湯の川の寿司屋さんで、昆布が採れなくなったと聞いたとお話すると、おかあさんのお話が聞けました。
ここ上ノ国町も採れるものが変化している。
昔は、イカ、昆布が採れた。
奥尻島地震(1993年)から、変化した。
採れるのは、ぶり。
最近は、マグロが採れる。2、3年前までは考えられなかった。

外は、まだ、風が強かったです。
夕陽は見ることができませんでした。
潮騒より風の音を聞きながら眠りました。
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